左右に軒を連ねる商店のある大通り。城門をこえた先は、あふれる人、人、人。コキリの森しか知らないリンクには、その人ごみでさえ目が回るような景色だ。
人々の往来の中をゆっくりと進む、タロンの幌馬車。その隣を行く、荷物と少年ロイドを背負ったノイシュ。
「よかったな、ノイシュ」
そう言って彼はノイシュの頭をなでた。キュウーン、と気持ち良さそうな声をあげるノイシュ。
城下町の入り口付近にいた兵隊に、幌馬車の荷物の検査を受ける過程で、ノイシュについて詰問されたのだった。
そして当然のように断固『犬』として紹介するロイド。確かにそう見えなくもないが、馬にも似た体格がそれを許さない。
端から見ていたルークにも、ノイシュが町に入れないことは目に見えていたが、ロイドの『犬』と主張し続ける根気と、当のノイシュののほほんとした性格から、なんとか町へ入ることを許されるのだった。
この国の平和は、コレで本当に守られているんだろうかと少々不安になる一件だ。
馬車に揺られているうちに、やがて一行は開けた場所に辿り着いた。広場の周りにはそれぞれ絵柄に文字を添えた看板を掲げる建物が軒を連ね、テントが並ぶ場所には、山と積まれた果物や野菜が目を引く。中央には水が吹き出る泉
噴水というらしい
があり、涼しげな音を立てていた。正面の建物の向こうには、城壁の外からでも見ることができた、白い建物も見える。
「牛乳屋さん、牛乳おくれ」
広場を中程まで進んだところで、すらりと背の高い人が、タロンに声をかけて来た。幌馬車は、ほどなくして停止する。男性は後ろにある手押し車には、空瓶がぎっしりと入った木箱がいくつかあるようで、カチャカチャと音が鳴っている。タロンとその男性が、ふたりで手押し車の荷物を降ろしだす。空瓶は、荷車の木箱と交換らしく、積んできた牛乳と入れ替わるように空瓶の木箱が増えて行く。三人もそれを手伝った。リンクとルークは必然的に荷台の上で、ロイドは手押し車と荷台の間を行き来する形で手伝いを始めた。
「ありがとう
おや、君たちこの辺の人じゃないね?お客さんかい?」
ルークから荷物を受け取った男は、何かに気付いたように
おそらく、というか明らかに耳の長さを見てだと思われるが
声をかけて来た。
「ようこそハイラルの城下町へ。俺はあそこに見える店で雑貨屋の仕事を手伝ってるんだ。何かほしいものがあったらいつでもおいで。店長も喜ぶよ」
その人が親指で示した先には、広場に面した壁面の二階部分を、ほとんどすべて占める程の大きな看板が掲げられた建物。そこにはいかつい顔で大きに黒ひげを蓄えた男の絵が描かれ、その下には、ルークには馴染みの無い字なので読めないが、おそらく雑貨屋か何かと書かれているのだろう。
用事が済んだら寄ってみるのもいいかもしれない。
ルークはぼんやりとそう考えていた。
新しい記帳とペンを買って、また日記を付けるのも悪くない。
今度は、今度こそは楽しい記憶が綴れる日記を・・・
「
ルーク!ちょっと手伝ってくれよ」
そう呼ばれてルークが振り返ると、荷台の手前にロイドが立っていて、手を振っていた。荷台の上には大きな箱。あの大きさの箱では、さすがに腕力のあるロイドでも、ひとりで持つのは厳しいだろう。
「今行く!」
と、元気よくルークは返事をすると持っていた空瓶の箱を指定されていた場所に置き、馬車の荷台から飛び降りてロイドの方へ走り出した、のだが。
どん
ルークは、幌馬車の陰からふいに現れた誰かとぶつかり、思わず尻餅をついた。
「おっとと、ごめんゴロ」
そう言ってぶつかってしまった『誰か』は、ルークに手を差し出した。
ルークもぶつかってしまったことに謝ろうと相手を見る
が、そこで思わず固まってしまった。相手は、そんなルークのことなどおかまいなしに、人の頭を片手で持ち上げる事ができそうな程の大きな手で、ルークの腕を力強く引っ張って立たせ、ついたホコリを払ってくれた。
固まったのはロイドとリンクも同じだった。
一瞬魔物かとも思うほど人とはかけ離れた姿だったが、魔物のような邪な気配などちらりとも感じられない、穏やかな雰囲気。それなのに、今まで見たことの無い、奇怪な姿。
何というか、ほうけてしまう。
「お?見かけない子ゴロな?タロンさんの知り合いゴロか?」
その人物(?)は三人の様子に気付くこと無く、のんびりとタロンに声をかける。
「おや、ゴロンさん。この子らは昨日平原をうろついてたから、一晩家に泊まっていっただ。夜の平原は危ないだ〜からな。それよりこんなところで会えるとは珍しいだ〜。景気はどうだ〜よ?」
「さっぱりゴロ。最近ドドンゴの洞窟から収穫が無いゴロから、満足に商売できなくて困ってるゴロ。ついでに食料も足りないゴロ。うまいもの探しに遠出してきたゴロ」
のんびりとした会話だった。話している内容は、けっこー大変な状況のような気がするのに、そんなに危機感を感じないのは、なぜだろう。不思議だ・・・
「ぼうやたち、ヨソの国から来たゴロ?」
「ああ、まぁ・・・」
「そんなとこ、かな・・・」
突然話をふられ、思わず挙動が怪しくなる。
「そうゴロか。ハイラルは良いところだゴロ。ゆっくりして行くといいゴロ」
彼は間の抜けた顔をにっこりと緩ませ、わしゃわしゃとルークの頭をなでまわしたあと、のんびりと自分の体と同等かそれ以上の大きさの荷物を背負ってそのまま城下の町の人ごみの中へ消えた。
「い、今の何だ?」
タロンが雑貨屋の店員と商売を終えてリンクたちの方へやって来た頃に、ようやく我に返ったルークが声を上げた。先程なでまわされていた髪は、まだ乱れている。
「何って、デスマウンテンにすむゴロン族だ〜よ」
タロンが事も無げにその間延びしたような口調で答える。
「あんな変な奴がいるのか」
思わずそんな失礼千万な台詞が出てくる。どれほど奇怪かというと、
まず、大きな岩を思い浮かべよう。ダルマみたいな形だ。それに長い腕と短い足を生やし、頭部に円い目と三角形の垂れ眉毛を描こう。唇は葉っぱみたいな形を左右に思いっきり引き延ばす(この時口をほんのり微笑ませるとよりらしくなる)
できたそれがゴロン族だ。
「まぁ、見た目はちょっと変わってるだ〜が、すごい力持ちなんだ〜よ。いざというときはとっても頼りになるだ〜。困ったときは頼るといいだ〜」
タロンがからからと笑う。
「そ、そっか」
あんな変な姿してんのに・・・
広場をぐるりと見渡してみると、確かにちらほらと先程の彼のような姿をした者がいるのが見えた。人には到底持てない大きさの荷物を楽々と持ち上げている者。同じテーブルを囲んで人と談笑してるらしい者。あっちの隅では露店を開いているらしい者までいる。
それなのに何故かその奇怪な姿は、その場に見事にはまっていて、違和感は全くない。
「いい街だな」
ロイドが不意に言葉を漏らしたのがきこえて、リンクはロイドの方へ顔を向ける。荷台から見えたその顔が、どこか悲しそうに見えた。
「俺の世界では、ほとんど見た目も変わらないのにいがみ合ったりしちまう奴もいたから、さ」
「?」
「
うっわ! 見てみろよ!あっちにサカナっぽい奴がいるぞ!すっげ〜〜!!」
リンクが首をかしげたその時、ルークが人ごみの中に見つけたらしい何か(?)を指差した。リンクもロイドも、その方向に目を向けるが、それらしき者は見当たらない。
「いや、さすがに魚みたいな奴はいないだろ・・・何かと見間違えたんじゃねーか?」
ロイドが言った。
「本当だって!あっちの陰に
って・・・ああ、もういなくなっちまってる〜!」
リンクが問い返す前に、ふたりはルークが見たらしい『魚人』談義で盛り上がってしまった。
『魚人』かぁ・・・
そう言えば、デクの樹サマが水の中に住んでるヒトたちがいるような話もしてくれてたっけ・・・
「リンク、リンク」
デクの樹サマのことを思い出して少しだけしんみりしているところで、不意にナビィが声をかけてきた。振り返るとそこには、さっきまでいなかったはずの、すらりと背の高い女性が立っていた。
全身を黒いマントで覆い、口元は紫色の薄い布をつけていてよく見えない。肌の色は樹の皮より明るい、褐色の色。ルークの髪よりも明るい感じの赤い髪。その腰まで届く長髪は、大きな石の髪飾りで頭の上に束ねられ、彼女の動きに会わせてふわりと優雅に動く。
(ロイド・・・)
(ああ)
ナビィが知らせるまで、全く気付けなかった。思わずふたりが構えてしまうほど、女性は突然現れた。タロンのところまで歩いていく所作は、妖艶な雰囲気で隙がない。かなりの手練なのだろう。
「おや、お嬢さん」
ふたりの緊張はどこ吹く風か。女性に気付いた(女性が気付かせた?)タロンは、笑顔で対応する。
無言で手を差し出す赤い髪の女性。
「はい、だ〜よ」
牛乳を受け取り、懐からルピー(ゼル伝の世界の通貨。六角形のクリスタル状の形をしている。どこかの国の通貨ではありません。念のため)を取り出してタロンにわたす。女性は終始無言のまま、その場をあとにした。
「今の人…」
「西の方に住んでるゲルドの民だ〜よ。あんまりいい噂は聞かないだ」
タロンが声をおとしてそう教えてくれた。普段の陽気な彼とは違う、どこか物憂さげな表情。
「けれども最近、そのゲルドの長だ〜ゆう奴がハイラル王に友好を求めに来たんだ〜。そいつは熱心なことに週に2、3度は登城してるらしいだ〜よ。今じゃすっかり王様が気を許したひとりだ〜」
たいしたもんだ〜よ
素直に驚いた、という感じでタロンが肩をすくめる。
「そのゲルドって言う人達って、どういう人達なんだ?」
と、ロイド。さっきのゴロン族とは対照的な、タロンのゲルドの民への態度が、ロイドには気になった。確かに先程の女性は、悪く言えば無愛想ではあったが、タロンの彼女に接する態度を見るかぎり、ジーニアスたちが無くそうと努力する差別の類とは違う感じがした。そう、たとえば・・・
「ゲルド族っていうのはだ〜な
おや、いらっしゃい」
タロンがまさに答えようというところで、別のお客がやって来た。タロンの対応する声に、ロイドは喉まで出かかっていた何かについての思考を手放してしまう。やって来たお客に続いてさらにひとり、またひとりとどんどん人が寄ってくる。タロンの幌馬車は、あっという間にミルクを求める人に囲まれてしまった。
「すまねぇだが、そいつに乗っとるヤツを先に城まで持って行ってくれるだ〜か?」
一瞬の隙をぬって、タロンはノイシュが背負っている牛乳瓶の箱を指し、リンクたちに声をかけた。
「城は
ほら、この通りの先に見える、アレのことだ〜からよ」
そう言って彼が指した先は、なるほど、外からも見えた城が、ほぼ一望できる。この路を道なりに行けば、あの城に辿り着けそうだ。
「でも・・・」
リンクはちらりと集まって来た人達を見た。空瓶片手に、馬車にやって来た人の数ときたら。その視線に気が付いたのか、タロンが微笑みかけた。
「な〜に。お城の門のところまで運んで行ければあとは兵隊さんが何とかしてくれるだ〜よ。空瓶の箱はあとでおらが勝手に取りに行くだ〜から、おめーらはおめーらの用事済ませて来るといいだ〜」
ぽんぽんと、タロンはリンクの頭を優しくたたいた。少し、くすぐったい。
「坊主たちとはここでお別れになっちまうだ〜が、また気が向いたら、いつでも遊びにくるだ〜よ」
「ありがとう、タロンさん」
「ノイシュ拾ってくれて、ありがとな」
「絶対、遊びに行きます」
三人が礼を言い、それぞれ手を振った。
「気ぃつけるだ〜よ」
そう手を降ったタロンが、再び客の相手を始める。
「じゃあ、いくか」
それを見届け、ロイドが言った。頷くリンクとルーク。
ハイラルの城へ。