2 妖精と即興楽曲<トッカータ> - 9,デクの樹サマ

たとえば

何処まで行っても

途切れる事の無いという空だとか

真っ赤な火を噴く

デクの樹サマよりも大きいという山だとか

遮る物が何も無いほど広いという原っぱだとか


デクの樹サマが話してくれるソトのおハナシは

何もかもわくわくして

それをこの目で確かめてみたいと

想いを馳せるのは今に始まった事じゃない

おハナシが終わった後に、

知りたい事がたくさんあって

聞いてみたくてうずうずしているのに


森のみんなはそんなことに興味なんて無いみたいで

それはおとぎ話だって

毎日を変わらず暮らすのを見て


こんな質問は間違いなのかな、て

何にも聞かずにいつも

みんなと一緒にその場をあとにしてたんだ

でも・・・


「デクの樹サマ!」

デクの樹を蝕んでいた元凶たるモノ     ゴーマを倒した一行が、洞から出て来た。


広場には、異変に気付いたらしいコキリ族たちが集まってきている。声に気付いて、一行の視線がこちらを向いた。

「リンク、ミド!それに、ロイドにルークまで!一体何があったの?デクの樹サマ、いったいどうしちゃったの!?」

その中から、サリアが駆け寄って来た。


「実は・・・」 と、リンクがは話しかけたとき


「リンク・・・」


弱々しくしゃがれた声が、降って来た。


「!デクの樹サマ!」

顔を上げるリンク。コキリのこどもたちの顔は、どれも不安そうだ。


「ミド・・・それから、ロイド君、ルーク君」

リンクやミドだけにでなく、来訪者であるふたりにも声をかける。


「ゴーマを、倒したのか・・・ありがとう」

そう言われ、顔を見合わせほっとする。思わず笑みがこぼれた。互いの肩を叩いて健闘を称えあう。


だが

「じゃが、わしはもう、長くはないようじゃ・・・」


その言葉に、たちまち笑みが消えた。


「そんな!!」


「間に合わなかったのか!?」


「くそ、ゴーマをもっと速く倒していれば・・・」

「ゴーマは、もともとあれほど気性の荒い者ではなかったのじゃ」デクの樹サマが続けた。

「あれは、己の巣こそ木の根元につくるが、成虫になればむしろ害虫を払う小さな虫なのじゃ。 姿も、あのように禍々しくなく、卵も、それほど多くはない」


「じゃあ、なんでゴーマはああなっちまったんだ?」

ロイドが聞いた。


「呪いじゃ」デクの樹サマが苦しげに呟く。

「ゴーマをあのようにしたのは、あの黒き砂漠の民」

「砂漠の 民・・・?」

ルークが繰り返す。


「奴の名は、ガノンドロフ」


デクの樹が頷く。

「あのものは、邪悪な魔力を操り、このハイラルのどこかにあると言う聖地を探し求めておった・・・」

「聖地・・・?」

「聖地とは・・・」

デクの樹サマはひとつ息を吐いて、重々しく語り出した。

「遠い昔、世に理なく、命が未だ形を成さぬとき

かつて混沌の地、ハイラルにおいて

黄金の三大神が降臨した


すなわち

力の女神 ディン、

知恵の女神 ネール

そして、勇気の女神 フロルなり。


三大神はそれぞれの使命を全うされ、

彼の国へ去りしとき

黄金の聖三角を残して行かれたのじゃ

後にその聖三角を世の理の礎とし、

その地は、聖地とされた
」

再び全て吐き出すように息をついたデクの樹サマ。それと同じくしていっそう老けて見える。


その痛々しい姿が、コキリのこどもたちの不安をさらにかき立てていく。

デクの樹サマはそれでも語ることを止めず     

「これを、ハイラルの姫君に」

そう言ったデクの樹サマの木の葉の合間から、若葉色のヒカリが見えた。


妖精     ではない


木の葉よりもゆっくりと、降りてくる。


リンクの目の前まで降りて来たそれは、木々の枝葉の向こうで昇る、最初のヒカリを一身に受けて、淡いミドリのヒカリを放った。


柔らかなヒカリが、広場を照らす。

「『コキリのヒスイ』、森の精霊石じゃ」

リンクが手をのばすと、精霊石はリンクの手に収まった。彼の掌より、少し大きいくらいの石は、きらきらと輝いている。


「これを、あの男は狙っておった」

ふう、と重い息をはいたデクの樹サマ。


「この石と、トライフォースに何のつながりがあるのか、わしの知るところではないが、 わしに、ゴーマに呪いをかけてまで奴が欲した石じゃ。神に選ばれし者と聞き及ぶ姫君に、この事を伝えておくれ。」

リンクは頷き、ぎゅっ、と『コキリのヒスイ』を握りしめる。


「ロイド君、ルーク君」

デクの樹が、不意にロイドとルークに声をかけた。

「少しの間だけでも良い。すまぬが、リンクを頼めぬじゃろうか・・・?」

「ああ、リンクはもう俺たちの友達だ。ほっとけるワケないだろ」

「おれだって!」

ロイドもルークも一歩前に出てデクの樹に言った。

一時の邂逅。この優しい大樹には、もっと、平和な時に会いたかった。 こんなふうに別れのときを迎えることになるなんて     


「ナビィよ、リンクについていっておやり」

リンクを助け、わしの志を継いでおくれ


「わかりました・・・デクの樹サマ・・・・・ッ」

ナビィが、ふいっとデクの樹から顔を背けた。大小二対の羽が震えているのがわかる。

リンクも見てられなくて、視線を手元に移す。リンクの手の中で、『コキリのヒスイ』は変わらずきらきらと光っていた。

これを、狙って、ゴーマが化け物に・・・そして、デクの樹サマが     

再び、『コキリのヒスイ』を握りしめる。

「リンクや」


やさしく声をかけられ、はっと顔を上げるリンク。

デクの樹サマは痛々しく乾いた音を立てながら、しかし木漏れ日のように、包み込むような微笑みを浮かべて


「言いたいことが、あるじゃろう?」


その言葉を聞いたとたん、溢れてきたのは、死なないで、という気持ち。 でも、それはすぐに消え失せて、別の想いが虚をついて溢れて来た。それは     

「・・・聞きたい事がたくさんあるんだ」

いつも、思っていたことだった。

「ソトには何があるの?」

気になっていたものだった。

「果てもない空が・・・その下には、見渡すかぎりの草原が」

デクの樹は静かに答える。

「その向こうには何があるの?」

もっと、他に、言うべきことがあるはずなのに

「いと高き火の神の山がある、山の端には泉もあろう、河を下れば湖や、海にたどり着く、 地の底には死者が眠っているだろう、一面砂だけの海というものもある」

出て来る言葉は幼く、とまらない

「その先には何が見えるの?」

尽きない想いを尋ねるリンクに、デクの樹はぱきぱきと乾いた音を立て、それでも優しく微笑んで


「それは、自分の目で、確かめておいで」

その顔を、リンクは、生涯忘れることはなかったという。

「この空が続くかぎり、世界もまた、どこまでも続いておるのじゃから」

たとえどこにいようとも、どんなことがあっても。

この空の下が、お前の帰って来る場所じゃ

「リンク」

「そして、わしの可愛いこども達よ・・・」

ゆっくりと閉じられて行く眼。


「デクの樹サマ…」
「デクの樹サマ…」

口々に出てくる、子どもたちの、声。

デクの樹は、すうっと息を吐き、

「さ ら ば 、 じゃ・・・」

全てを灰色に染めて、動かなくなった。


永遠に。



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