たとえば
何処まで行っても
途切れる事の無いという空だとか
真っ赤な火を噴く
デクの樹サマよりも大きいという山だとか
遮る物が何も無いほど広いという原っぱだとか
デクの樹サマが話してくれるソトのおハナシは
何もかもわくわくして
それをこの目で確かめてみたいと
想いを馳せるのは今に始まった事じゃない
おハナシが終わった後に、
知りたい事がたくさんあって
聞いてみたくてうずうずしているのに
森のみんなはそんなことに興味なんて無いみたいで
それはおとぎ話だって
毎日を変わらず暮らすのを見て
こんな質問は間違いなのかな、て
何にも聞かずにいつも
みんなと一緒にその場をあとにしてたんだ
でも・・・
「デクの樹サマ!」
デクの樹を蝕んでいた元凶たるモノ
ゴーマを倒した一行が、洞から出て来た。
広場には、異変に気付いたらしいコキリ族たちが集まってきている。声に気付いて、一行の視線がこちらを向いた。
「リンク、ミド!それに、ロイドにルークまで!一体何があったの?デクの樹サマ、いったいどうしちゃったの!?」
その中から、サリアが駆け寄って来た。
「実は・・・」 と、リンクがは話しかけたとき
「
リンク・・・」
弱々しくしゃがれた声が、降って来た。
「!デクの樹サマ!」
顔を上げるリンク。コキリのこどもたちの顔は、どれも不安そうだ。
「
ミド・・・それから、ロイド君、ルーク君」
リンクやミドだけにでなく、来訪者であるふたりにも声をかける。
「
ゴーマを、倒したのか・・・ありがとう」
そう言われ、顔を見合わせほっとする。思わず笑みがこぼれた。互いの肩を叩いて健闘を称えあう。
だが
「
じゃが、わしはもう、長くはないようじゃ・・・」
その言葉に、たちまち笑みが消えた。
「そんな!!」
「間に合わなかったのか!?」
「くそ、ゴーマをもっと速く倒していれば・・・」
「
ゴーマは、もともとあれほど気性の荒い者ではなかったのじゃ」デクの樹サマが続けた。
「
あれは、己の巣こそ木の根元につくるが、成虫になればむしろ害虫を払う小さな虫なのじゃ。
姿も、あのように禍々しくなく、卵も、それほど多くはない」
「じゃあ、なんでゴーマはああなっちまったんだ?」
ロイドが聞いた。
「
呪いじゃ」デクの樹サマが苦しげに呟く。
「
ゴーマをあのようにしたのは、あの黒き砂漠の民」
「砂漠の 民・・・?」
ルークが繰り返す。
「
奴の名は、ガノンドロフ」
デクの樹が頷く。
「
あのものは、邪悪な魔力を操り、このハイラルのどこかにあると言う聖地を探し求めておった・・・」
「聖地・・・?」
「
聖地とは・・・」
デクの樹サマはひとつ息を吐いて、重々しく語り出した。
「
遠い昔、世に理なく、命が未だ形を成さぬとき
かつて混沌の地、ハイラルにおいて
黄金の三大神が降臨した
すなわち
力の女神 ディン、
知恵の女神 ネール
そして、勇気の女神 フロルなり。
三大神はそれぞれの使命を全うされ、
彼の国へ去りしとき
黄金の聖三角を残して行かれたのじゃ
後にその聖三角を世の理の礎とし、
その地は、聖地とされた」
再び全て吐き出すように息をついたデクの樹サマ。それと同じくしていっそう老けて見える。
その痛々しい姿が、コキリのこどもたちの不安をさらにかき立てていく。
デクの樹サマはそれでも語ることを止めず
「
これを、ハイラルの姫君に」
そう言ったデクの樹サマの木の葉の合間から、若葉色のヒカリが見えた。
妖精
ではない
木の葉よりもゆっくりと、降りてくる。
リンクの目の前まで降りて来たそれは、木々の枝葉の向こうで昇る、最初のヒカリを一身に受けて、淡いミドリのヒカリを放った。
柔らかなヒカリが、広場を照らす。
「
『コキリのヒスイ』、森の精霊石じゃ」
リンクが手をのばすと、精霊石はリンクの手に収まった。彼の掌より、少し大きいくらいの石は、きらきらと輝いている。
「
これを、あの男は狙っておった」
ふう、と重い息をはいたデクの樹サマ。
「
この石と、トライフォースに何のつながりがあるのか、わしの知るところではないが、
わしに、ゴーマに呪いをかけてまで奴が欲した石じゃ。神に選ばれし者と聞き及ぶ姫君に、この事を伝えておくれ。」
リンクは頷き、ぎゅっ、と『コキリのヒスイ』を握りしめる。
「
ロイド君、ルーク君」
デクの樹が、不意にロイドとルークに声をかけた。
「
少しの間だけでも良い。すまぬが、リンクを頼めぬじゃろうか・・・?」
「ああ、リンクはもう俺たちの友達だ。ほっとけるワケないだろ」
「おれだって!」
ロイドもルークも一歩前に出てデクの樹に言った。
一時の邂逅。この優しい大樹には、もっと、平和な時に会いたかった。
こんなふうに別れのときを迎えることになるなんて
「
ナビィよ、リンクについていっておやり」
リンクを助け、わしの志を継いでおくれ
「わかりました・・・デクの樹サマ・・・・・ッ」
ナビィが、ふいっとデクの樹から顔を背けた。大小二対の羽が震えているのがわかる。
リンクも見てられなくて、視線を手元に移す。リンクの手の中で、『コキリのヒスイ』は変わらずきらきらと光っていた。
これを、狙って、ゴーマが化け物に・・・そして、デクの樹サマが
再び、『コキリのヒスイ』を握りしめる。
「
リンクや」
やさしく声をかけられ、はっと顔を上げるリンク。
デクの樹サマは痛々しく乾いた音を立てながら、しかし木漏れ日のように、包み込むような微笑みを浮かべて
「
言いたいことが、あるじゃろう?」
その言葉を聞いたとたん、溢れてきたのは、死なないで、という気持ち。
でも、それはすぐに消え失せて、別の想いが虚をついて溢れて来た。それは
「・・・聞きたい事がたくさんあるんだ」
いつも、思っていたことだった。
「ソトには何があるの?」
気になっていたものだった。
「
果てもない空が・・・その下には、見渡すかぎりの草原が」
デクの樹は静かに答える。
「その向こうには何があるの?」
もっと、他に、言うべきことがあるはずなのに
「
いと高き火の神の山がある、山の端には泉もあろう、河を下れば湖や、海にたどり着く、
地の底には死者が眠っているだろう、一面砂だけの海というものもある」
出て来る言葉は幼く、とまらない
「その先には何が見えるの?」
尽きない想いを尋ねるリンクに、デクの樹はぱきぱきと乾いた音を立て、それでも優しく微笑んで
「
それは、自分の目で、確かめておいで」
その顔を、リンクは、生涯忘れることはなかったという。
「
この空が続くかぎり、世界もまた、どこまでも続いておるのじゃから」
たとえどこにいようとも、どんなことがあっても。
この空の下が、お前の帰って来る場所じゃ
「
リンク」
「
そして、わしの可愛いこども達よ・・・」
ゆっくりと閉じられて行く眼。
「デクの樹サマ…」
「デクの樹サマ…」
口々に出てくる、子どもたちの、声。
デクの樹は、すうっと息を吐き、
「
さ ら ば 、 じゃ・・・」
全てを灰色に染めて、動かなくなった。
永遠に。