「なんじゃ、また来たのか。あいも変わらん焼け野原のような頭して、今度は何の用じゃ」
よく晴れた昼前の頃。
吉原の大門をくぐり、すぐに見つけた人物
月詠に声をかけた銀時に、返ってきたのはその一言であった。
「てめー会って早々それはねーんじゃねぇの?殺風景な奴だよ、本当」
「そちらの御仁は?」
「おい、無視かよ」
銀時の返しもものともせず、すぐに見慣れぬ顔の青年を見つけて声をかける月詠。
「あ、初めまして。瀬田宗次郎と言います」
「拙者の知人でござる」
宗次郎の自己紹介に、剣心が軽く補足する。
「緋村殿の知人でありんしたか、わっちは吉原自警団『百華』頭領、月詠にありんす。以後よしなに」
「え、あなたが自警団の頭なんですか?てっきりもっと大柄な人かと思ってたのに、ずいぶんお綺麗な方なんですね」
「それはどうも」
月詠は妖艶に微笑んでそれを返し、銀時らの方を向いた。
「して、今日はどういった用件じゃ?」
「まあ、この二人の事でな」
銀時が剣心と宗次郎の二人をさす。
「あれから色々あって、なんだかややこしい事態になってきてるみたいだってわかって・・・」
「それで早々に手を打たねばならぬと言う話になって、こちらはどうなっておるのか一度見に来たのでござるよ」
新八の後を引き継ぐように剣心が前に出た。
「ふむ、込み入った話のようだな。来い。ひのやで話そう」
そう言って月詠が歩き出し、一行はそれに続いた。
高いところで長方形に切り取られた吉原の青空のもと、一見普通の、ありふれた町並みが続く大通りを歩く。色香をまとう女性や、夜になると開くような感じの店が立ち並んでいるように見えるのは、決して気のせいではない。
「それにしてもここ、すごいですねぇ。さっきの歌舞伎町って所もそうだったけど、遊郭みたいなものばっかり」
そんな町並みを見て、宗次郎が口を開いた。
その発言に月詠がおやと首を傾げる。
「ぬしはこの街を歩かなかったのか?」
「どうやらこいつは直接真選組のとこに現れて厄介になってたらしいぜ」
その疑問には銀時が答える。
「という事は吉原で起こっている事件が地上でも起き始めた、という事か。なるほど
それは、確かに悠長に構えておる暇は無いの」
その返答に何か思うところがあったのか、ふむ、と月詠が一人考えを巡らせる。
「何かあんのか」
その様子に訝しんだ銀時が声をかけると、月詠はひとつ頷いた。
「例の賊の拠点と規模が判った」
ひのやの奥
庭に面した客間の一室に移動して、月詠が口を開く。
「この前話してた例の、元遊郭の建物を隠れ家にしてるという天人の集団の、ですか?」
「確か、真選組の方達が警戒してるっていう海賊と、おんなじ集団なんですよね?」
新八と宗次郎がそれぞれ確認するように言った。
「紅雪羅・・・」
そしてそれは桂や坂本らも注意している集団であり、同時に自分
剣心の他、宗次郎などの別世界の『東京』にいた者たちが、この世界の『江戸』に流れ着いてしまった元凶でもある。
「今のぬしらの話と照らし合わせても、本当に時間が無くなっておるのかもしれん。じゃが、こちらの情報と合わせて巧くやれば何とかなるだろう。今晩あたりにでも仕掛けねば
」
「信用できねーな」
月詠の言葉を、途中で遮るように銀時が口を開いた。
「銀さん?」
「オメーの何とかなるってのは結局、テメーが無理するってこったろーが」
疑問ではなく、確信を以て月詠を見据える。
「俺も協力するっつってんだよ。せっかく銀さんが来てやったんだ
もうちょっと俺たちを頼ってくれたっていいんじゃねーの?」
「いや、ぬしらの手を借りぬでも、わっちらでなんとかできる。百華をなめるでなし」
ふぅ、と煙を吹く月詠。
「そりゃ百華が強いのはよーく知ってますけどね?無理してばっかいちゃ保たねーよ?」
がしがしと面倒くさそうに頭をかく銀時。
「無理などない。ぬしは引っ込んでおれ」
ぴき、という音がした。
「いい加減にしなさいよ。人間はなぁ、無理ばっかしてると駄目なようにできてんだよコノヤロー」
「だから、ぬしを頼るような無理なことなど無い!」
「ある!」
「ない!」
「な、なんで言い争いが始まってるでござるか〜?」
銀時と月詠の言い争いに剣心がおろおろとあわてる。
「また始まっちゃった・・・」
それとは対照的に、はあ、と新八がため息をついた。銀時と月詠のこの言い合いは、しばらく終わりそうにない。
「いつもあんな感じなんですか?」
宗次郎がニコニコと新八と神楽に尋ねる。
「すぐああやって僕らがいることも忘れて言い争い始めちゃうんですから
ほんとに仲が良いんだか悪いんだか・・・」
「アレは仲が良いって言うんじゃないネ、あれはアツアツって言うアル。気づいてないのは当人たちだけネ」
何度か見慣れた光景に、新八も神楽もすでにあきれたような態度である。
「まあ銀時はあれで照れ屋だからな。あれが精一杯の愛情表現なのだろう。ここはひとつ、あたたかく見守ってやろうではないか」
何の前触れも無く会話に参加した、やけに声の低い長髪美人の登場に、沈黙が流れた。
銀時の頬がピクピクと引きつる。
「ヅラ・・・何しに来た」
「ヅラじゃない
ヅラ子だ」
「その言い回し。まさか、桂殿なのでござるか?」
驚きで目を丸くする剣心。開いた口がふさがらない。
「何しに来た。つーか何その格好!オメーいい加減にしねーとホンット本物になるぞ!戻って来られなくなるぞ!」
「俺は根っからの大和男児だから大丈夫だ!実はここ数日、部下から件の紅雪羅の連中に、不穏な動きが強く見られるようになったと報告があってな。貴様に報告しに出向いた所、こちらに向かうのを見つけて後をつけたというわけだ」
「だからってなんでヅラ子だよ!なんでテメーは女装してんだよ!しかも何かグレード上がってるしィィィィ!!」
ちゃんと情報をつかんで詳細を伝えに来てくれたのは良い。だが、青紫の派手すぎない上品な着物に、ゆるくまとめられた艶の良い長髪。濃すぎない化粧。ふわりと香る香水の香り。口さえ開かなければ、どこからどう見ても紛うこと無き女性の身なりである。
桂とは(認めたくないが)なんだかんだと長いつきあいになるだけに、この破壊力は計り知れない。
「かまっ娘倶楽部のバイトの帰りだったのだ。幕府の狗の目を眩ませるのにも、丁度良いしな」
「ンな事真面目に言ってんじゃねーよ!」
確かに理には適ってるのかもしれない。だが、変装ならもっと他にもあるだろう。いつぞやの坊主とか、カツラップとか、カツオとか。この男、何故よりにもよって女装なのか。しかもバイト帰りである。
「そういきり立つな。ほれ、坂本も来ておるぞ」
そう桂が言うが早いか、廊下から黒いもじゃもじゃ頭の男が顔を出した。
「よお金時!その嬢ちゃんがツクヨミちゃんかえ!?さっきアマテラスちゃんにもおうたんじゃがの。いやぁ〜ここは本当にべっぴんさん揃いで選り取りみどりじゃのぉ〜〜〜!!アハハハハハ!!」
「銀時だっつってんだろぉがあああああ!!!」
「ブヘバ!!」
「辰馬殿!!」
すかさず飛び蹴りで突っ込む銀時。坂本の向こうにあった障子やらが派手に破れる。
「おい、人に当たるのは良いが、ものを壊すのはよしなんし」
月詠が冷静に釘を刺す。当の銀時はそんな声すら聞こえていないようだ。
「銀時さんのまわりは、面白い人ばかりですねえ〜」
この騒動の中、一人楽しそうに笑う宗次郎。
「面白いっていうか馬鹿ばかりアル。類は友を呼ぶネ」
新八がうんうんと首肯する。
「だから友達じゃねーよ!こんな奴ら!」
銀時がちがうと抗議声を上げる。
「照れるな銀時」
「黙れヅラ!テメーらがしゃべるとややこしくなんだよ!」
「アハハハハ!
アレ、わしもか?そりゃないぜよ金時〜〜」
飛びついてくる坂本に再び蹴りを入れる銀時。
この攘夷三人組の馬鹿騒ぎは、業を煮やした月詠によって、クナイで串刺しにされるまで続いた。
12' 2. 13 小説投稿サイト『にじファン』掲載
12' 7. 20