夜の密談から一週間が経った。
あの夜はその後、『ちょっとした』一悶着の後、何とかなだめた神楽と新八、そして陸奥を交えて事情を説明した。
宇宙に出回る危険な鉱石のこと。吉原に潜む宇宙海賊『紅雪羅』のこと。
その紅雪羅が、鉱石を大量に地球に持ち込んでいること。
その影響で、吉原で不可解な事件が発生していること。
そして、剣心もそれに巻き込まれたひとりだ、ということ。
「仕事サボってこそこそしちょったのはその為じゃったか」
一通りの話を終えて、陸奥の盛大なため息を皮切りに、新八と神楽が騒ぎだしたのは当然の成り行きだった。
「剣ちゃんが無事に帰れるように、私たちで何とかするネ!」
「そうですよ!僕ら、確かに未熟者かもしれないけど、困っているなら頼ってください。僕らの万事屋は、その為にあるんですから!」
というふたりの意気込みにも押され、ここ数日お出かけという名の調査が自然に増えていった。
進展は、ほとんど無いといえる。相手は仮にも宇宙海賊。当然と言えば当然なのだが、何の収穫もなく帰路につく新八と神楽のふたりのがっかりした様子は、見るに忍びない。
坂本は「情報収集はまかせるぜよ〜」と言いながら陸奥に引っ張られて行ったきり、音沙汰がない。
数日前に道で遇った桂曰く、大方これまで仕事をさぼっていたツケを(もちろん陸奥の監視のもと)払わされているのだろう、とのこと。その後、何やら可愛い娘がいるから云々と聞かれたが、新八と神楽がすたすたと歩き始めてしまったので、それ以降は話していない。
そして銀時はと言えば、不定期にふらりと出かけては夜遅くに帰ったり、朝陽が昇る頃に帰って来たりと、密談前とあまり変わらぬ生活を送っていた。
今日も今日とて、出かける前に新八とともに朝餉の後片付けをしていたころだ。
ピーンポーン
万事屋の呼び鈴が鳴り、ふたりは玄関を見た。人影が3つ見える。
「お客人でござろうか」
人影を見て、剣心が言う。
「僕が出ますよ。緋村さんはそれ、頼みますね」
「ああ」
新八が台所を去って行くのを見送り、さて残りの物を片付けてしまおうと手をつけ始める。
あとはもう残りの食器を拭いて棚に収めるだけなので、すぐ終わるだろう。
今日は河沿いに海の方まで行くと言っていたから、早めに出たいとも言っていたことだし。早く終わらせるに越した事はない。
銀時殿はまたどこか別の場所へ出かけるとか言っていたが・・・
本日の予定を立てた時のやりとりのことを考えながら、剣心は手際よく片付けていった。
しかしその後、玄関で繰り広げられるやりとりの中で聞こえてきた『聞き覚えのある声』に、剣心は思わず手を止めることになる。
「は〜い、新聞なら間に合ってますよ〜
あれ、土方さん?沖田さんも・・・そちらの方は?」
いつものように(?)玄関の引き戸を開けて、訪問者を出迎えた新八は、真選組の馴染みのふたりの後ろに、もうひとりいるのが目にはいった。
書生らしい格好は、すっきりとした淡い青系の色でまとめられ、背格好は新八と変わらないくらいだろうか。つかみ所の無い微笑みを常にたたえた青年だ。
「万事屋の野郎とあの赤い髪の野郎はいるか?」
こちらは瞳孔の開いた鋭い目つきの土方。紫煙を燻らせた煙草をくわえたまま、じっと新八を見下ろすような形で声をかけて来た。
「ええ、いますけど」
いつに無い真面目な声に、新八は戸惑いながらも頷いた。
「ちょっくら上がらせてもらうぞ」
「どーも」
「お邪魔しまーす」
土方に続いて、平坦な声で沖田が、朗らかに青年が、新八に一声かけながら次々に履物を脱いであがっていった。
「え、ちょっと、土方さん?」
一歩遅れて新八がそのあとを追う。
3人はわき目もふらずに廊下を進み、奥の事務所へずかずか踏み込んで来た。
その事務所兼居間では、銀時が長椅子に寝っ転がってジャンプを読んでいた。神楽は右手側で定春と戯れていたが、沖田と目が合うと、バチバチと火花を散らしてにらみ合った。
「んだぁ、大串君じゃねーか。何の用だ、ンな朝っぱらから」
銀時はジャンプを読む手を止めて上半身だけ起こし、訪問者に声をかけた。当然のように名前をわざと間違えて。
「土方だって言ってんだろうが」
土方が肩を怒らせる。いつもならしっかり否定するところだが、今日ばかりは一々こいつのペースに合わせてられない。というか、合わせたら最後、いつもの不毛な押し問答が始まるに違いない。
取りあえず深呼吸をして、なんとか精神を落ち着ける。
「何ですか、大串君って?」
ただひとり、そのいつものやりとりを知らない青年が、ことりと首をかしげて土方を見た。
「ん?そっちのガキは?」
初めて見る顔に、さすがの銀時も土方をちゃかすのはやめた。
「あ、はじめまして、僕は瀬田宗次郎と
」
「宗次郎殿?」
青年の自己紹介を、途中で遮る声。一同の視線が声の主に注目する。
見れば、事務所の入り口で、驚いた顔の剣心が突っ立っていた。
剣心に気づいて、宗次郎と名乗った青年は、元の微笑みをさらに朗らかに深くさせた。
「あれ?緋村さんじゃないですか。お久しぶり
でもないか。こんなところで会えるなんて。奇遇ですね」
「全くでござる。お主も流れ着いていたのでござるな」
一月と少しぶりに再会した彼は、あいも変わらぬ微笑みをもって剣心の前に現れた。
瀬田宗次郎
かつて、明治政府転覆をもくろむ志々雄一派が誇る、戦闘集団『十本刀』のひとりだった男。志々雄の理想に共鳴し、一度ならず二度までも、剣心の前に立ちはだかった、剣客だった。
「やっぱてめーら知り合いか」
そう言って土方は、くわえていた煙草を口から離し、フゥッと紫煙を吐いた。
「おい、どうせテメーの事だから、また何か妙な事件にでも巻き込まれてんだろ」
土方が、銀時を睨みつける。
その顔は、まさに鬼の副長と揶揄される通りで。
「この宗次郎ってガキから大体の事情は聞いた。テメーらの知ってる事を話せ。誤魔化すんじゃねぇぞ」
今日ばかりは誤魔化しは許さない。
そんな鋭い視線をもって、土方が銀時を見下ろした。
しばし睨み合うふたり。
やがて深いため息が、その沈黙を破る。
「・・・しゃあねーな」
銀時は、がしがしと面倒くさそうに髪をかき、長椅子から起き上がった。
11' 9. 5 小説投稿サイト『にじファン』掲載
12' 7. 20