「しかし、当面はこれで良しとして、問題は奴らに仕掛ける際どうするか、だな」
紆余曲折あって、桂が話を戻した。それを受けて、坂本がぱっと顔を上げた。
「わしはやっぱり、高杉の奴にも協力して貰いたいところじゃのう。こんまい作戦ば立てゆうんはあいつがいっとー巧かったき」
この世界でも『高杉』さんと『桂』さんは繋がっているのかと桂と銀時の方を見たが、剣心の意に反して、二人の表情は暗かった。重い沈黙が流れる。
「・・・なんじゃ、おんしらまーだ喧嘩しちょったんかや。ええ加減にさっさと仲直りしとーせ」
銀時と桂の反応に、辰馬は大きなため息とともにがくりと肩を落とし、居住まいを崩した。
桂率いる攘夷党と高杉率いる鬼兵隊とが衝突した話は、坂本も掴んではいた。だが、時間も経っていることだし、形はともあれ、何らかの終焉は迎えているものかとも思っていたのだ。予想は否らしい
このふたりがこの調子では、高杉をこの問題に引き込むのは難しい、いや、不可能か。
「仲直りったってよォ、奴はもうこういうのに協力なんざしねーんじゃねーか?」
がしがしと髪を掻く銀時。
「あいつの目的は、最早この世界を壊すことだからな」
桂も腕を組んだまま、俯いた。
「まさか、紅雪羅にその高杉という人物がいるということは」
予想外の二人の言葉に、剣心はうろたえた。世界を壊すとは物騒極まりなく、まさに紅雪羅の目的と同じではないか。
だが、それに反して銀時はひらひらと手を振る。
「いいや、あいつはンなマネしねーよ。まあ、宇宙海賊に手ェ出したっつーのは当たってるがな」
「高杉なら、そう簡単にどこに集まっておるかなど悟らせまい。そんなヘマをやる男ではないからな」
剣心の予想をあっさりと否定して来る二人。
「・・・随分、はっきり言うのでござるな」
「あいつのことは、俺たちが一番良く知っている」
「ま、腐れ縁って奴だ」
仲を違えているのならば、もう少し推測を交えそうなものではないのだろうか。こちらの世界の高杉を剣心は知らないが、一言では表せない、繋がりのようなものを感じられた。
「おんしらまっこと意地っ張りじゃのう」
坂本はため息をついた。
「まあ、なんとかなんじゃね?これくらいのヤマなら、俺たちだけで十分だろ。そもそも、あいつ捕まえるってーのだけでも骨が折れんだろ。つか、めんどくせぇ」
「まったくだ」
「・・・それが本音でござるか」
あまりの本音に、がくりと肩を落とす剣心。
「なに、あの愚か者を捜すことに時間を割くよりも、この事態を解決することに時間を割いた方が得策というもの。それに、一刻も早く、緋村殿をもとの世界に戻してやらねばな」
そう言って、桂は剣心の方を見やる。
「かたじけない」
「気にするな。元はと言えば、俺たちの世界の天人が引き起こしたこと」
「奴らのせいでピンチなんは、わしらも一緒じゃきー。お互いさまじゃ」
「テメーのケツは、テメーで拭く。そういう事だ
それにこいつァもともと、日輪からの依頼でもあるからな」
「依頼、とは?」
銀時の言葉に剣心ははたと首を傾げる。
「おいおい、元はと言えば、日輪が言ってたことだろーがよ。テメーがもとの場所に帰れるように、俺たちで手助けをしてくれってよ」
そうだ、もともとは、日輪が銀時に依頼したこと。そもそも銀時と出会ったのも、日輪の仲立ちがあってのことだった。
身の回りが目紛しく変わっていたことで、剣心はそのことをすっかり忘れていた。
「客の依頼は、最後まで面倒見る。万事屋ってのァ、そういう商売だ。だから、あんたはただ、大船に乗ったつもりで構えてくれりゃいいんだよ。そいつがどんな難しい依頼だろうと、どんなに不可能なこったろうと
この万事屋銀さんが、万事解決してやるぜ」
ちゃらんぽらんな姿ばかりだが、この男の、時折まとわせるこの空気が、あの2人の子どもたちを、ひいてはあの吉原の者や、歌舞伎町の町の人々を惹き寄せる所以ともなっているのだろう。
どうして、なかなかの器の持ち主ではないか。
まだまだ読めぬところも多々あるが、その読めなかった部分の一端を垣間見ることができた気がして、剣心は薄く微笑んだ。
一通り言ったあと、銀時は、(少なくともつきあいの長い桂と坂本の目には)少々照れくさそうにがしがしと髪をかいた。
「んじゃ、話もキレーにまとまったことだし。いっちょ呑み直しといくか
派手な祭の前祝いによ」
「何の前祝いですか?」
「あ?決まってんだろ、打倒べにせ・・・」
銀時が言い終わる前に、部屋を分ける襖がスパーンと左右に開かれた。
立っていたのはメガネを光らせた新八と、じと目をした神楽、そして何故か、もうひとり、編み笠にマント姿の女性が。
「あ、あらぁ、新八に神楽ァ・・・起きちゃったの・・・?」
思わず銀時が引きつった笑みを浮かべる。
「人が寝てる間にコソコソと・・・緋村さんまで引き込んであんたら一体何の話してたんですか。まさか下ネタですか?」
心底軽蔑した、という眼差しを剣心に向ける新八。
「い、いや違うでござるよ。実は
」
剣心が口を開くと、どすん、と神楽が一歩踏み出る。床がミシリ、というかバキリと音を立てて歪んだ。
「剣ちゃん!私見損なったヨ!剣ちゃんは絶対そんな奴じゃないって思ってたのに!いつからそんなふしだらだらになったネ!」
「おろぉ!?」
「いや、神楽ちゃん、ふしだらね」
「白状するネ銀ちゃん!剣ちゃんに一体何吹き込んだアルか!?」
「い、いやぁ、だから神楽殿?その、銀時殿は決してそういったつもりではなくて」
「緋村さん、無理に弁護する必要なんて無いですから。どうせ自業自得なんだからその人」
剣心が銀時を弁護をしようにも、なぜか全て銀時の評価が落ちていくことに繋がっていく。普段どれだけ信用を失うマネをしているのだこの男は。
剣心と新八、神楽の横では、編み笠を被った女性が、坂本に銃口を向けていた。既に一発射ったあとらしく、銃口と、坂本の足下の穴から煙が上がっている。
「頭ァ、いい加減にするぜよ。おまんの勝手な行動で、会社<カンパニー>がどれだけ困るか、わかっちょうのか」
「アハハハハ、陸奥、おんし、何でこがぁ処に」
坂本の言葉が終わらぬうちに、陸奥と呼ばれた女性は、坂本の胸ぐらを掴み、がちゃりと銃口を突きつけた。
「言い訳は帰りの船ン中でたっぷり聞くきに。ふぐりつぶされとうなかったら、おとなしく観念しい」
無表情で脅す坂本の腹心、陸奥。
「ア、アハハハハ 敵わんのぉ」
何とも言えない顔でそのやりとりを見ていた銀時だったが、その横で、不意に桂がため息をついた。そちらを向けば、桂と自然に目が合う。
「銀時、これはもうリーダーと新八君のふたりにも話すべきじゃないのか」
少々、諭すような言い方だった。
「だな
じゃ、ヅラよろしく」
「ヅラじゃない、桂だ。つーか丸投げかよ!」
銀時たちが夜の密談をしたその数日の後。
「ここは・・・」
真選組のとある一室で、目を覚ました青年がいた。
まだ幼さの残る声。
青年は、ぼんやりと辺りを見やった。
見慣れない天井。
はて、自分は今日どこぞの宿でも取っただろうかと記憶を手繰るが、あいにくそんな覚えは無い。それとも、どこかの家にお邪魔でもさせてもらっただろうかと考えていると、
「気が付いたか」
不意に声をかけられ、彼はそちらを向いた。
人の良いゴリラのような顔が、微笑みかける。
「君は屯所の庭に倒れていたんだ。いやあ、驚いたぞ」
「貴方は?」
「俺か?俺は近藤勲。武装警察真選組の局長を務めてる。ここはその屯所だ。何があったかは知らんが、安心していい。ここは安全だからな」
「新選組?幕末に滅んだあの新選組、ですか?」
「滅んだとはまた物騒な話じゃねーか」
「トシ」
「・・・もしかして、副長の土方歳三さん?」
かけられた青年の言葉に、無表情ながらも土方の目元がぴくりと反応した。
そして思い浮かぶのは、先日遇った赤髪の男
「ちょっと、話聞かせてもらおうじゃねーか」
鬼の副長と呼ばれる男の目が、鋭く青年を捉えていた。
11' 5. 23 小説投稿サイト『にじファン』掲載
12' 7. 28