「その後、あの吉原の町を丸ごと覆うような天井を見つけて、ようやく何かおかしな場所にいるのだと気付いたのでござる」
剣心が話し終え、場に一時の沈黙が降りた。
「雷、歪む景色・・・」
「他の奴らの証言も似たようなモンだった」
ぽつりと声を漏らした桂に続いて、銀時もふわふわの髪を掻きながら口を開いた。
「こんだけ口を揃えて来られちゃあ、何かあるんじゃねーかとは思っちゃいたが、なにがどーなってんのかさっぱりだ。けどまあ、辰馬の話で何となーくその原因がわかったわ」
「成る程のう、確かにわしが聞いた鉱石のつくりだすモンの話と一致しちゅう」
顎に手を当て思案する仕草の坂本。
「かもしれねえ。そいつは吉原に運び込まれてんだろ?」
銀時が頷き、桂の方に視線を送る。
「うむ、連中が何かを秘密裏に運んでいる所は確認している。警備の規模から見ても、おそらく」
「次元だか何だかを越えたッつーんなら、緋村たちの言う東京って場所がわかんねーのも、多少は納得できるし?」
「つまり、この江戸という街は、拙者が知る街、いや、拙者の知る世ではないということでござるか」
「別の世界、パラレルワールドという奴だと」
「そういう事。あんだけ腕が立つんなら、噂話のひとつでも立ちそうなモンだしな
赤い髪の十字傷なんて、特長の塊だろ」
確かに桂や坂本然り、日本人は基本黒髪黒目。剣心や銀時のような色は珍しく、何かあれば噂話のひとつやふたつ立ちそうなものだ。
「銀時が他人の腕を認めるなんて珍しか。まあ、真選組の一番隊隊長を倒したときの剣筋は、見事じゃったがのう。あんな剣は見た事なかったき、えらい驚いたわ」
脳裏に描くのは、昼間真選組の屯所で見た刃の煌めき。殺戮の為に研ぎすまされた技でありながら、その白刃の軌跡は見事としか言いようがなかった。
「腕の立つ侍ならば、名は広まらずともまずその容姿から人の噂が立つ、か。お前が良い例だったな」
坂本と桂の二人もそこには同意する。
銀時が肩をすくめた。
「で、その後は、ひのやで厄介になっていて、今に至るってところか」
「うむ、他の身元不明となっている者は、人手が足りない店などで細々と仕事をもらっていたようでござるが、拙者についてはそのような処遇に」
「まあ得体の知れない腕の立つ剣客なんて、そこらにほっとけねーだろうからな。手元に置いて監視か
まあ、良い判断なんじゃねーの?フツーなら」
「今は、色んな問題が吉原に集まっちゅう。浪人ひとりに手をかける事はできなかったんじゃろ」
「それで吉原に何かと縁のある銀時に声がかかったという事か」
ここで一度区切り、桂は嘆息した。
「しかし、先日の蜘蛛手の地雷亜のことといい、鳳仙の事といい、またとんでもなく厄介な事に首を突っ込んでいるようだな」
ひらひらと手を振る銀時。
剣心はそんな銀時にそっと目を向ける。
この世界に来て、吉原と歌舞伎町、ふたつの町に住みつき、疑問に思ったことがいくつかある。
その一つは、銀時が、元の世界でも名だたる色町と名を馳せている吉原と接点を持つことだ。初見においても、花街の明らかに高位にありそうな女が、あるいは武装を施した百華の女が、親しみを持って銀時に声をかけていたのを目にしている。当然、彼女らにこれと言った共通点は見当たらない。
一体どんな関わりがあったのだろうか。
「それにしても、天人のいない世界とはな」
クスリと微笑む桂の声に、剣心ははたと顔を上げた。
「代わりに海の向こうの国が、のう・・・ あっちの方は、まーだ江戸の発展ぶりには遠く及ばんき。にわかに信じられんぜよ」
坂本が顎に手をやり、何やら思案するような仕草をしながら言葉を発する。
「拙者も驚いているでござる。黒船来訪が、海か宇宙(そら)かでこうも時代は変わってしまうものなのかと」
脳裏に浮かぶは、元の世界、東京の町並み。外国から渡来して来た技術や文化によりかなりの部分が変貌し、栄えた。しかし、今いるこの世界、江戸の町並みは、名こそ元の地名ではあるが、東京とは比べ物にならない発展を遂げている。
「まあ、この江戸にターミナルが建ったっつーのが一番の理由だろうな。何せありゃこの星の玄関みてーなモンだ。あのバカデケー塔から、今ある全ての天人の文化が直に入って来てるっつっても過言じゃねー」
「この国の、というより、この星の港町、ということでござるか」
「そういう事」
「その代わり、江戸城に大砲をぶち込み、無理矢理開国を迫るという暴挙に出おったがな」
不満顔の桂。
「まぁ、あん頃は完全になめられちょったき、仕方なかろ」
「仕方無いで済むか。おかげで不平等な条約は結ばれるわ、幕府は天人どもの傀儡と成り下がるわ、銀時は攘夷に戻って来ないわ、坂本は相変わらず宇宙にうつつを抜かしておるわ
」
「オイ、何さりげに人を勧誘してんだコラ」
桂のグチに銀時の頬がヒクつく。
「ヅラはいくつになっても固いのぉ。もっと高いところから見んといかんぜよ」
「だからといって、宇宙進出などにうつつを抜かす貴様もどうかと思うがな」
ため息をついてみせる坂本に、桂が返す。
「おいおいおめーら、今そんな堅苦しー話してんじゃねーよ。終わらねーだろーが」
また始まった、とばかりに銀時が口を挟んだ。む、と銀時を睨む桂。
「貴様が緩すぎるというのだ。今からでも遅くはない。すぐに攘夷に参加して
」
「だから、なんで途中から勧誘になってんだよコノヤロー」
「桂殿は、彼ら天人を追い出そうと考えておいでか?」
銀時らのやりとりをしばらく見ていた剣心だが、桂の言動に、ぽつりと言葉を漏らした。
その問いに、坂本も銀時もぱたりと口を開くのをやめる。桂もまた口を開くのを止め、しばし剣心を見る。
僅かばかりの沈黙が流れた。
「・・・一時期は、そんな事を考えていた事もあった」
ぽつりと、桂がその沈黙を破る。
「全てを灰燼とし、ここを焼土としようと意気込んだ事もあった。だが
今は、違う」
彼の纏う空気が、僅かだが変わった。
「今は、こんな腐った世にある町でも、それでも俺にとって大切なものができた。それを壊そうというのなら、好き勝手はさせんさ」
その瞳に映るは、強い意志<ひかり>。それは、剣心が知る色に似て、全く違う色をしていた。
「紅雪羅の動向を探るのはまかせてくれ
更なる被害者を出さぬためにも、対策は打つ」
「わしは鉱石(いし)の流れば調べるぜよ。商売人はこういう物の流れちゅうに敏感じゃき。すぐわかるろ」
「銀時と緋村はその他の線からの聞き込みを頼む」
「金時は江戸で顔がようきくきにのう」
「辰馬ァ、テメー何度言わせんだ。ヅラはどうでもいいが、俺の名前まで間違ってたらお前これアレだぞ?原作だけじゃない、この小説のタイトルまで大変なことになるぞ?ふざけんじゃねーよコノヤロー」
「ヅラじゃない桂だ。というか、人の名前はどうでもいいとは何事だ貴様」
「こんまいことはいいきに、の〜、剣太くん?」
「剣心でござる・・・」
「あり?」
11' 3. 5 小説投稿サイト『にじファン』掲載
12' 7. 28