白い雲の漂う空。
天高くを舞う鷹の声。
両手に緑の生い茂る散歩道を、赤い長髪を後ろでひとつにまとめた短身痩躯の青年が歩いていた。
左頬に十字の刀傷。そして、その腰には一振りの刀が下げられている。
「帰って来た、か・・・」
青年
剣心は、空を仰いだ。
少し前の話になるが、彼は、彼とその仲間たちは、とある理由で京都にいた。
その理由は
志々雄真実。
幕末の頃、かつて裏世界の人斬りの任に就いていた剣心の、その後継となったもう一人の人斬り。裏世界のことを知りすぎたために闇へと葬られかけ、その恨みから新政府に反旗を翻した男。
剣心は、剣心を始めとしたその仲間たちは、その野望を打倒すべく、彼が組織した者達と因縁の京都において長い戦いを繰り広げていたのだった。
辛くも勝利を手にした剣心たちは、しばし京都で傷を癒し、そして先日、ようやくこの東京に帰って来たところだった。
流浪人としてしばし各地を転々としていた身としては、この帰って来た、ということ自体久しぶりの感覚だった。
買い物がてら、ふらりと竹林のそばを通りかかった頃だ。
なんだ・・・?
妙な気配を感じて、路を外れ、林の中に踏み入る。
10間ほど歩いた頃だろうか。何やら、ぱりぱりと小さな雷のようなものが這う場所にやって来た。それ以外には、何の変哲も無いただの林。木漏れ日が美しく、木々のざわめきも耳に心地良い。しかし
戻った方がよさそうでござるな
それは、勘。
よくは解らないが、そんな気がした。
急いで踵を返し、もとの街道へ戻ろうとして、その足下に、痺れるような痛みを感じ、思わず跳躍して後退した。
それを見計らうように薄暗く透明なドームが剣心を中心にして現れる。
「なに・・・!?」
バチッ バチッ
ジ ジ ジ ジ ジ ・・・
バチバチという音が大きく、激しくなる。
それに伴ってまわりの景色が歪みだした。
続く、激しい閃光。
そこで、剣心の意識はブラックアウトした。
「ここは・・・?」
気が付くと、どこか見知らぬ町の路地裏のような場所だった。この近くでは、祭でもやっているのだろうか。随分にぎやかな調子も聞こえて来る。
何故か傷む身体をさすりながら、ひとまず立ち上がり、土ぼこりを払う。剣心の周囲には、あの竹林にあったような土と、何で切ったのか判らないような切り口の竹が数本。
「 」
話し声?
ひとまず道を聞くか
にぎやかな音に混じって、何やら聞こえてきた人の声がする方に歩を進める。
建物に取り付けられた見たことの無い金属の箱や筒などを見てなんだろうと不思議に思いながら、しばらく歩いていく。そして
「やめて!誰か!!」
悲鳴!?
不意に聞こえた悲鳴に、剣心は駆け出した。そして見つける。
何やら随分身なりの良いが、色っぽいなりの女性と、顔を真っ赤にしたガラの悪そうな男だ。
「おい」
剣心が声をかけ、2人はこちらに気付いたようだ。
「んだぁ、テメーは」
男が剣心をなめつけるように上から下へと睨みつける。顔が赤くなっているところを見ても、どうやらだいぶ酔っているようだ。
「拙者は流浪人。何がどうなっているか判らぬが、その手を離してさっさと立ち去るでござる」
「テメーには関係ねー!怪我したくなきゃ、さっさと失せな!」
女性を掴んでいない方の腕をブン、と振り回し、少々よろけながらも剣心を怒鳴りつける。
「た、たすけ・・・」
女性の方は必死で助けを訴えている。
「関係はなくとも、目の前で助けを求めるものを放っておく訳にはゆかぬ」
「チッ、浪人風情が、去ねやぁああああ!」
男は、懐から小さなナイフを取り出し、剣心に向かってきた。そのナイフはブン、と剣心がいるはずの場所を薙ぐ。
「き、え・・・」
剣心が消え、呆然とする男。
男の上に、ふわりと影が落ちる。
飛天御剣流
その影に気付いて、男が空を見上げるのと、剣心が逆刃刀を振り降ろすのは、ほぼ同時だった。
龍 鎚 閃 !
どさりと倒れる男。
ふわりと舞い降りるように着地する剣心。
逆刃刀を仕舞い、未だ怯えている女性に声をかけた。
「怪我は無いでござるか?」
「あ、ありがとうございます」
「これは・・・!」
ざり、という微かな音とともに、別の若い女性の声がして、剣心はそちらを向いた。
そこにいたのは亜麻色の髪を後ろに結いまとめた女性。黒を基調にした右袖の無い着物には、紅葉紋様が織り込まれている。それは目見麗しい女性だが、どこか違和感を感じる。剣心がその女性の顔にあった傷に気付いた時、先程の浪人風の男に絡まれていた女性が、彼女の方へ駆け出していた。
「月詠様!」
そう呼ばれた女性は、絡まれていた女性にいくつか言葉をかけて労る。それをぼんやりと見ていた剣心。ふと、その月詠と呼ばれた女性と目があった。
「・・・ぬしがやったのか?」
警戒の色をにじませ、月詠が口を開く。
「其方は?」
「わっちは、吉原自警団『百華』頭領。月詠にありんす。遊女を助けてくれた事、礼を言う」
「いや、拙者は大した事はしてない故。これで」
「待ちなんし。ぬし、初めて見る顔じゃな。吉原は初めてか」
剣心が踵を返し、立ち去ろうとするところに、月詠が声をかけて来た。
ここは、吉原というのか。一度は大火で焼け落ちたと聞いていたが、随分、大きな町へと変貌したのでござるな
今いる街の名を頭の中で反芻する。吉原と言えば、江戸一番の花街と聞く。知らぬ間にずいぶんとんでもない場所まで迷い込んでしまったようだ。
「そうでござるが」
「・・・何処から来た」
眉を寄せ、月詠が慎重に言葉を選ぶように問いかけて来る。
「何処と言われても・・・ああ、そう言えば道を少々尋ねたいのでござるが」
ずいぶん慎重なと思いつつ、質問に答える。そして剣心が答えた場所、すなわち居候先に帰るための路を聞くために再び口を開いた。
問題があるとすれば、ひとつ。
「ここは、東京のどの辺りになるでござるか?」
剣心は吉原が、『この街』のどの辺りにあるものか知らなかったのである。
その一言で月詠は、おもむろにハァ、とため息をつき、頭に手をやった。
「ぬしもか・・・」
「おろ?」
10' 11. 24 小説投稿サイト『にじファン』掲載
12' 7. 28