沖田以外の隊長格の面々が全て銀時と坂本の二人に倒され、ようやく剣心と沖田の模擬試合が回って来た。
そもそも真選組の面々は、馴染みの万事屋一行に、見知らぬ二人が付いて来ていた事にも驚いていたのだ。情報に聡い山崎のおかげで、背の高い方は快援隊の社長とわかったが、赤い髪の方は本当にわからない状態だ。
既に見知った凄腕の侍である銀時が、稽古開始の時に坂本に助力を求め、ふたりのその腕にも驚いていたが、見慣れぬ剣客が、一番隊隊長の沖田と剣を交えるという展開になって道場内は一層どよめいた。
真選組随一の腕の持ち主である沖田に、無名の剣客が勝てるはずが無い。だが、銀時の知り合いだというのならと、自然この二人に注目が集まる。
「兄さんはそいつでいいですよ。使い慣れた得物の方がいいでしょう。どうせそいつは人を斬れる代物じゃねえし。そのかわり、俺はこいつを使わせてもらいまさァ」
竹刀を取りにいこうと立ち上がった剣心を制して、沖田が言った。目線の先は、剣心が持つ逆刃刀。その手には、竹刀の代わりに木刀を携えている。
「かたじけない。では、お言葉に甘えて」
そう言い、かちゃりと刀を携え、道場の中央に出た。なんだなんだと隊士たちが驚く中、剣心はかちりと鯉口を切り、すらりと刀身を抜いた。腹と棟が逆になった刀身が露になり、道場内にほう、と息を呑む音がする。
「ほお、逆刃刀か」
初見の近藤もまた声を漏らした。
「しかも技もんだってよ。辰馬が言うんだから本当だろ。頭はカラだが、こいつも目利きだからな」
自分のノルマを片付けて、銀時が観戦組の方にやって来た。そのまま彼はどかりと座る。
剣心の腕を見たいのは、彼とて同じだった。
吉原にふらりと現れた浪人。
はたして
「おーい山崎ィ、合図しろィ」
道場の真中に立った沖田は、平坦な声でそう言うと、構えた。
剣心もまた、構える。
「ではいきますよ
はじめ!」
山崎が手を振り降ろすと同時に、ガチンッと剣が交わる音が響く。
ギリギリと鍔迫り合い、一度互いに退き、そして再び斬りかかる。
次第に激しくなる応酬。
大きな音とともに取られる間合い。
体格的な差か、力比べでは若干沖田の方に采配が上がるようだが、それを補う速度が剣心にはあり、拮抗した状態が続く。
隊士たちの開いた口が塞がらない。
やはり強いな。ならば拙者も
一際がちゃりと音を立てて二人が一旦離れる。
そうして剣心は、鞘を帯から抜き、刀身をかちりとしまった。
目線の先には、目の前で対峙する沖田総悟。
スッと腰を落とし、手は刀に添えて。
いつでも刀を抜けるように、構えた。
「あれ?剣ちゃん刀しまったヨ。諦めてしまったアルか?」
剣心の構え方にひとり、ぱちくりと目を瞬いた神楽。
「諦めたんじゃない、ありゃあ抜刀術だ」
土方が煙草を燻らせ、眉間にしわを寄せて言った。
「鞘から抜き放つ速さに乗せて刀を振るう、神速の剣」
「ま、チャイナは、普段刀なんか使わないからちと馴染みが無いかもしれんな」
近藤が後を続けた。神楽の得物は武装を施された番傘だ。刀なんか使わないしその必要も無い。
「へえ、抜刀術ですかィ」
沖田が剣心の構えを見て言った。その目に映るは驚き、というより、感心である。
抜刀術は確かに神速の剣と言われてはいるが、それは大抵カウンターを狙って放たれる技が多い。
後の先を取る、いわば護りの刀。
攻撃を待つつもりですかィ、にーさん
沖田の口端が上がる。
「おもしれェ」
乗ってやりまさァ
木刀を構え、じりりとタイミングを計る。
ああ、名は違えど、似ているな・・・
この緊張の中、剣心は、先程から沖田にかさなる影を思い出していた。
こう思うのはおかしいのかもしれぬが
ひどく、懐かしい
ふわりと剣心の纏う空気が和らいだ。
その刹那。
動きだす沖田。
切られる鯉口。
カッと膨れ上がる剣客の気。
飛天御剣流
!
剣心の鞘から、白銀が放たれる。
神速の一閃。
紙一重で空を斬る刃。
初撃をかわせばこっちのモンでさァ!
振り降ろされる沖田の木刀。
その『油断』を薙ぎ払う
黒の追撃
!
双 龍 閃 !
刀の鞘は沖田の胴を確実に捉えていった。
どさりと地に伏す沖田。
剣心の眉が微かにぴくりと上がったのを何人が気付けただろう。
道場内に沈黙が訪れる。
それを最初に破ったのは、神楽だった。
「すっげーアル剣ちゃん!サドが一撃ヨ!」
非常に興奮している。
それに続くように沸き上がる喚声。
「まさか真選組随一の腕をもつ総悟を倒しちまうたぁな」
土方がくわえる煙草が、チリチリと音を立てた。少なからず動揺しているらしい。
「すまぬ、沖田殿。つい力が入ってしまった・・・」
打たれた胴をかばいながら起き上がろうとする沖田に、剣心が手を差し出した。
「・・・にーさん、強いですねィ。一太刀目はかわせやしたが、『二太刀目』は全く見えやせんでした」
沖田は珍しく素直にその手を取る。
「そう、でござるか・・・」
剣心の表情に、何故かちらりと寂しげな色が見えた。
「へえ、やるじゃねえか」
こいつは相当場数踏んでやがらぁ。
剣心と沖田の試合を見て、銀時は心の中で独り言ちた。
これならば、月詠が警戒したのも頷ける。
こいつは強い。
多分、まだ本領の一部も見せちゃいないだろう。
がしがしと片方の手で頭を掻きつつ、もう片方の手に持った竹刀でとんとんと自らの肩を叩く。
ますます厄介事が増えていきやがる。
「んじゃ、次行くかー。こまけ―指導は後にして、取りあえずお前ら、体力作りからだな」
大仰にため息でもつきたい気分だが、それはこいつで晴らすことにしよう。
「素振り100回50セットな」
銀時の八つ当たり、もとい、指導に、隊士たちの悲鳴が上がる。何人かの抗議の声もまるっと無視だ。
「相変わらず鬼じゃの〜。ちっとは休ませてやるぜよ」
フイーッと坂本が肩を落としてため息だ。
「オメーは相変わらず甘ぇ—な」
「程々にしておくぜよ、銀時」
サングラスの向こうから、坂本が銀時に視線を送った。それを見て息をつく銀時。
「・・・しゃーねぇ。30セットにしてやらぁ」
銀時が珍しく妥協した。
・・・相変わらず多いけれども。
それから二刻ほど。
依頼を終えた万屋一行が帰った後、翌日から朝練メニューを倍にするという土方の言葉に、隊士たちが再び悲鳴を上げたのは言うまでもない。
鬼の副長、ここにアリ、である。
10' 7. 9 小説投稿サイト『にじファン』掲載
12' 7. 26