「辰馬ァ、テメーも手伝え」
道場にて、銀時は壁にかけてあった竹刀の一本を手に取ると、ひょい、と坂本の方へ放った。
「なんじゃ、金時だけでも充分じゃいか?」
竹刀を受け取った坂本は、片方の手で竹刀の柄を握り、もう片方は竹刀の腹の部分をさする。サングラス越しの目が、楽しそうに銀時を捉えていた。
「嫌だよ面倒くせ―。それに」
がしがしと頭を掻きつつ坂本に近づいた銀時は、がばりと彼の肩に寄りかかった。完全に友人に絡むチンピラの図である。
「宙ばっか飛び回ってんだから、たまには身体動かしやがれ」
「アハハハハ。金時にはかなわんの〜」
一体何がおかしいやら。能天気な笑い声を上げる坂本。
それを確認して、銀時が道場の中央に出る。それに続いて、坂本が銀時と背中合わせに立った。
道場の左右に並んで座った真選組の隊士たちが、ごくりと唾を飲む。正面には近藤、土方の二人。今回は、主に銀時への依頼なので、万事屋の従業員である新八と神楽の二人も観戦に回っている。ちなみに剣心も客人扱いなので観戦組である。
「そーだなーー。まずは腕を見てーから、平から十人ずつかかって来い。隊長格はその後ひとりずつだ>
あ〜〜違う違う。ひとりにつき十人だからな。俺と辰馬、あわせて二十だ」
やる気のなさそうにではあるが、いきなりかかってこいと宣言する銀時に、隊士たちはどよどよと動揺した。
「金時はせっかちじゃの〜〜」
ふい〜〜っとため息をつく坂本。
「銀時だ!ちんたらやってたら日が暮れちまうだろーが。隊長まで辿り着けねーだろーが」
「剣は久しぶりじゃゆーに、金時にあわせちょったら途中でばててしまいそうじゃ」
言葉とは裏腹に、けらけらと笑い飛ばす。
「だったら全員でやるか?準備運動もかねて」
「それはそれでバテてしまいそうじゃき、遠慮するぜよ」
キツそうではあるが、決して笑みは消えない。苦笑いなのか、本当に余裕なのか。
「へ、上等だ。そいつがお望みならそのとおりにやってやるよ。おい、山崎、お前合図しろ」
土方は後者の判断を下したようだ。
「アッハッハッハ!かなわんのぉ〜〜」
隊長格の者以外の隊士たちが、ぞろぞろと立ち上がり、銀時と坂本の二人をぐるりと取り囲んだ。指名された山崎は、近藤ら観戦組とは反対側の壁際へ赴き、全体が見える位置に立つ。
隊士たちはそれぞれ手にした竹刀を構え、じりりと合図を待つ。
誰かがごくりと喉を鳴らす音。
山崎の腕がゆらりと上がる。
緊張で張りつめた空気。
不意に訪れた沈黙。
「それでは行きますよ
はじめ!」
その合図とともに、一斉に二人に斬りかかる隊士たち。
方々から上がる閧の声。
振り降ろされる竹刀の群。
中央の二人の口端がにやりとあがる。
「隙だらけじゃねーか」
ぼそりと銀時。
次の瞬間
銀時と坂本の二人に一番近かった隊士たち約十数名が宙を舞った。
「まァ、威勢だけは褒めてやるよ」
シュッ、と一振り。
「金時はまっことおっかないのぉ〜〜!」
坂本の陽気な笑い声。
威勢も何も削ぎ落とされる
「オラどうした?もう終わりかテメーら。さっさと次かかって来やがれ」
挑発。
再び上がる閧の声。
だが
奮戦虚しく、隊士たちは次々に倒されていく。
彼らが全て倒されるまで、小半刻とかからなかった。
「ザッとこんなもんか」
銀時は倒れた隊士たちをぐるりと見渡し、竹刀のハラでトントンと自らの肩を叩いた。
強い。
坂本の方も片がついたらしく、倒れた隊士を踏まないように銀時に歩み寄って来る。
その姿を見て、銀時はにやりと笑った。
「飛び回ってるわりにゃあ腕は落ちてないみてーだな」
「じゃき、久しぶりでバテてしもーたきに。おんしはさすがぜよ」
肩をすくめてみせる坂本。バテたと言うわりには、額にじんわりと汗が滲む程度である。
一方の銀時は、息切れはもちろん汗ひとつかいていない。
「よーし、次は隊長格な。十番の原田から順に出てこいや」
「っしゃああああ!万事屋覚悟しやがれ!!」
まだ控えていた隊長格の面々をぐるりと見渡し、銀時が指名した。スキンヘッドの厳つい男が威勢良く出て来る。
「じゃあわしんとこには九番隊の隊長さんから来るぜよ」
銀時が原田とやっている間に、坂本が別の一人を指名する。
書き忘れていたが、三番隊と六番隊は出張やら見回りなどで席を外しているので、色んな意味で残念ながらこの場は不在である。
「銀時殿も辰馬殿も、随分と強いのでござるな」
観戦組の面々とともに一連の出来事を見守っていた剣心が、感心したように声を漏らした。
「当たり前ネ。何たって銀ちゃんだからナ」
神楽が誇らしげに言う。
「普通剣客というものは、自らに親しんだ剣術の型というものがあるのでござるが、銀時殿はそれがまるで見られない。辰馬殿は北辰一刀流の使い手とお見うけしたが、銀時殿は何処の流派でござろうか」
「さあ、銀さんは我流だって言ってましたけど」
剣心の言葉に、新八は首をかしげつつ答えた。銀時は、自分の事はあまり喋ってくれないので、詳しい事は誰にもわからないのだ。旧知の仲の面々であれば、また別の答えも持っているかもしれないが・・・
「我流・・・」
新八の答えを聞いて、剣心は再び銀時らの方へ視線を向ける。当の銀時は、既に原田を倒していた。
あそこまで強くなるには、並大抵の事ではない。
それにあの太刀筋・・・
「おーいそこの赤毛野郎」
「おろ?」
やる気の無い平坦な声がかけられ、剣心は思考を中断した。顔を上げると、目の前に沖田が立ち、彼に見下ろされる格好となっている。
「旦那とやるのも魅力的だが、俺ァあんたともやりあってみてーや。ひとつやりあってくれませんかねィ」
思いがけない提案。
「いや、拙者の剣は人に教えられるようなものでは・・・」
剣心が言いよどむ。
だが、沖田は退かない。
「頼みますぜ兄さん。旦那への報酬は、はずみまさァ」
「マジでか!おいやれ!緋村!!」
「ぎ、銀時殿・・・」
金が絡むや銀時が目の色を変えた。そう叫びつつ二人目を制している。
その様子にがっくりと肩を落とす剣心。乗り気ではない彼に構う事なく沖田は話を続ける。
「お願いできませんかねぇ。廃刀令のご時世に、そんなモンぶら下げてるからには、相当腕は立つんでしょう?
なに、あんたの剣を教えてくれってワケじゃねぇ、俺ァあんたの腕を見てみたいんでさぁ」
その目の奥に、チラチラと灯る炎。
純粋に剣を交えてみたいという欲求が見え隠れしている。
周囲に比べ、まだ若いながらも、一端の、いや、一流の剣客としての顔が伺える。
不意に、『誰か』の姿が重なった。
「・・・拙者で良ければ」
「そう来なくっちゃ」
時空を超えて、思いがけない試合が組まれた。
10' 6. 22 小説投稿サイト『にじファン』掲載
12' 7. 28