翌日。
万事屋の三人と、坂本、剣心の一行は、広々とした屋敷の門前に来ていた。
「真選組・・・?」
剣心が表札に書かれた特別警察という言葉に続く文字を読み上げた。
「そ、昨日会った税金泥棒共の根城だ」
「いや、銀さん、ちょっとそれ言い過ぎです」
「でも事実アル」
銀時、新八、神楽の順だ。
「ふむ、同じ『しんせんぐみ』でも、真<まこと>に選んだ組と書くのでござるか・・・」
ほとんど人に聞こえる事のないような、こそりとした音量で剣心が呟いた。一番傍にいた新八は、かろうじてかすかな音としてそれを捉え、なんだろうと首をかしげる。
「何か言いました、緋村さん?」
「いや別に・・・」
何故か言いよどむ剣心に新八は首を傾げるが、朗らかな声がかかってそれを綺麗に忘れてしまった。
「よう、万事屋!来てくれたか
して、そちらの二人は?」
顎髭のある人の良さそうな黒服の男だ。銀時たちとともにいる坂本と剣心の二人を見つけて尋ねてきた。
「こっちの馬鹿は俺の知り合いの坂本辰馬。こっちは
」
「緋村剣心でござる。故あって、銀時殿のところに厄介になっているでござるよ。ええと
?」
「ああ、すまん。俺は真選組の局長をやってる、近藤勲だ」
黒服の男が答えた。
「近藤、勲殿でござるか」
「ほぉ〜〜。おんしが真選組のゴリラ勲さんかや〜」
自己紹介されたばかりだというのに、早速名前を間違える坂本。
「いや、近藤って言ったよね」
近藤が訂正するが、効果の程は定かではない。
「おりょうちゃんから噂は聞いちゅうぜよ。何でも、何度地に落としめても蘇る不死身のゴリラじゃとか」
「いや、近藤ですけど。つーか何それ!」
「つか、オメーが人の事言えんのかよ。たまにお妙んとこのキャバクラ前に転がってるだろーが」
おりょうに熱烈なエールを送る坂本が、何度かアタックに失敗しているところを目撃した事がある銀時。お妙については以下略。お妙もおりょうも同じ店のキャバ嬢である。
「なんじゃあ〜。おりょうちゃんは恥ずかしがっちょるだけじゃき、新一郎君のお姉さんと一緒じゃ」
「新八です。というか、さりげに人の姉上も話に上げないでください」
新八が半眼でツッコミを入れる。
「あ、旦那ァ、そろそろ来る頃だと思ってやしたぜィ」
沖田が、木刀を片手にこちらへやって来た。昨日の隊服ではなく、簡素な着物に袴と、稽古着である。若干汗をかいているように見えるのは、既に身体を動かした後だからだろうか。
「よォ、沖田君。何だ、もう始まってんのか。気合い入ってるねぇ」
「なに、軽い準備運動でさァ。今日は旦那が来るってんで、皆いつもより張り切ってますぜィ」
「おい、立ち話はその辺にして、さっさと道場の方に移動しろ」
土方が建物の中から姿を現した。こちらは近藤と同じ隊服姿である。
「ハハ、トシも総悟も気が早いな。ま、今日はよろしく頼むよ、銀時」
近藤について一同はぞろぞろと移動を始めた。
「しかしなんでまた稽古なんか」
面倒くさいと言わんばかりに、銀時が言葉を漏らす。近藤が口を開いた。
「近頃、ある天人の凶悪集団が秘密裏に入国して来てるみたいだという情報を得てな。有事の為にここらで隊士たちに活を入れ直して気を引き締めようってわけだ」
「って言うのは建前で、本当は旦那から技を盗んで打ち負かしたいんでさァ。主に土方さんが」
「総悟・・・テメェ・・・・!」
青筋を浮かばせる土方の隣で、近藤が朗らかに笑った。
「まあ伊東の一件で、万事屋の剣に憧れを抱いた隊士がたくさんいるのは事実だからな。奴らにも良い刺激にはなると思うんだ。ひとつ、よろしく頼むよ」
「チッ、面倒くせーな」
そう言って銀時はがしがしと頭を掻き、
「で?その天人集団ってのぁ一体何者だよ」
ちらりと真選組の三人の方に視線を送る。その瞳の中に一瞬だけ、鈍い光が垣間見えた。
「すいやせんがそいつは機密事項でさァ。いくら旦那でもそこまでは教えられやせん」
「そーかい」
沖田の返答に、銀時の瞳からあっさりと光が消え失せる。
「良いのでござるか?」
真選組の三人から少し距離をおいたところで、剣心が声を落として話しかけて来た。
「ああ?」
「近藤殿が言っていた天人集団、もしや月詠殿が言っておった」
「仕方ねーだろ。あいつらだって仕事なんだからよ」
銀時が剣心の言葉を遮る。
「商売に密事はつきものぜよ」
うんうんと同意する坂本。
「おい、何か黒い事言ってんだけど。実は裏で黒い事やってたりとかしてねーよな」
「気のせい気のせい。幻聴じゃ〜〜。アハハハハ!」
能天気に笑う坂本。仮にも警察の前でする会話ではない。
「テメーら、そう言う会話は俺らの前でするもんじゃねーだろ」
当然、土方の口調に怒気が混ざる。
そんな銀時らのやりとりを、遠巻きに見る剣心。
「仕方ないと言うわりに、まるで諦めていないようでござる」
日輪殿や月詠殿ら吉原の者達に色々と気を回している態のある銀時殿が、意外にあっさりと身を引いた事に剣心は驚いていた。もう少し粘って情報を引き出させるだろうと思ったのだが・・・
「剣ちゃん、どうしたアルか?」
一人離れてしまった剣心に気付いた神楽が、ことりと首をかしげた。それに何でもないと笑顔で返し、
他の宛がある、のか・・・?
心の中で独り言ちた。
10' 6. 16 小説投稿サイト『にじファン』掲載
12' 7. 28