剣心が万事屋に来て早一週間がたとうとしていた。
江戸の町は初めてだという剣心に、新八と神楽は買い物がてら町の名所巡りのようなものをするのが最近の日課になりつつある。銀時はというと、一体何をしているのだか、夜遅くに帰って来たり、朝日とともに帰って来たり、昼まで寝ていたりと相も変わらず駄目人間のような生活を送っていた。
さすがにそればかりでは剣心に失礼だからと、新八と神楽が文字通り銀時を布団から叩き起こし、万事屋三人に定春、剣心の一行は今日も江戸見物に繰り出していた。
今日の江戸は快晴。
からりと晴れた江戸の空がとても心地良い。
そこに、やけに明るい声がかかった。
「金時!金時じゃなかか!」
いや、かかった、というより人違いだろう。
よく似た名前もあるものだと剣心は声の方へ振り返ってみた。
「ひっさしぶりじゃのー金時!元気にしちょったがか!?」
だが、陽気なその男は、カラコロと下駄を鳴らしつつ、明らかにこちらへ歩いてくるようだった。銀時より背が高く、赤いコートを着た、丸いサングラスの男だった。黒髪は銀時のテンパよりももっさりしている。
「いや〜参ったぜよ。誰に聞いても万事屋金ちゃんなんて知らん言うもんじゃき、あちこち歩き回るハメになっちょったんじゃー」
陽気を通り越して最早能天気という言葉がぴったりくる。
ピキっ、と銀時の顔に青筋が浮かんだ。
というより、その男が口を開く度に、ブチブチブチ、と何かがキレていくような音がする。
「いや〜〜見つかってよかったぜよ。アハハハハ、アハハ
ヘブッ」
「銀時だっつってんだろーがァアアア!テメー何度も何度もわざとらしく間違いやがって!!死んでくれよ!頼むから死んでくれ!300円あげるからァアアアアア!!」
男の顔面に、銀時の飛び蹴りが綺麗に決まる。蹴られた男は地面と挨拶した。
だが、すぐに上体を起こした男は、再び陽気に笑い出す。
「アハハハハ。金時は恥ずかしがりやさんじゃの〜。おりょ?こんなところにべっぴんさんがおるじゃいか〜。金時の知り合いかや?」
「いや、拙者は男でござる」
剣心に気が付いた男は、今度は剣心を女と見なしたらしい。いや、確かに彼は小柄ではあるが。
「そうかえ?こりゃあ驚いたの〜〜。そんなこんまいナリばしちょーきに、ちゃんと食ってるかえ?」
「余計なお世話でござる」
銀時が蹴り飛ばした理由が何となく理解はできるかもしれない。
さすがに剣心はそこまでならないが。
「おーーい、そこの廃刀令違反。ちょっと署までっ・・・て、旦那じゃないですかイ」
今度は平坦な声が聞こえてきた。
そちらを見やれば、白と黒の二色カラーの箱、もとい車から、黒服を着た男が二人出てきた。歩道側が茶色の髪をしたまだ少々幼さの残る青年、車道側が黒髪の目つきの鋭い男だ。
「沖田さん、土方さんも」
新八が二人に挨拶を交わす。続いて、渋々であるが神楽と銀時も。
「お知り合いでござるか?」
ただ、剣心だけは初対面なだけに戸惑った様子だった。新八が頷き、そして何故二人に呼び止められたのか剣心の腰のものを見て気が付いたようだ。形だけは銀時の木刀と代わらないが、その造りは全く違うもの。一部の認められた者たちのみが所持、携帯できるもの、すなわち
「そう言えば緋村さん刀持って来ちゃってましたもんね・・・こちらの二人は警察なんです。武装警察真選組の方たちで」
「新選組、沖田・・・?
まさか、新選組一番隊組長、沖田総司殿、か?」
やや身構えて剣心が言うと、新八に沖田さんと呼ばれた青年は、幾度か目を瞬いた。若干首をかしげたようにも見える。
「俺ァ総悟でさぁ。それに組長じゃなくて隊長」
「おろ?」
今度は剣心が目を瞬く。
「旦那ァ、何なんですかィこいつァ?出会い頭で人の名前ビミョーに間違える所は、旦那といい勝負でさァ。土方死ね」
「テメ、なに人をさりげなく罵ってんだコノヤロォオオオオ!!」
沖田の毒舌に土方が絶叫した。
「土方、歳三殿?」
二人のやりとりを見ていた剣心は、今度は土方の名を戸惑いがちに口にする。
「十四郎だ!テメーは本当にビミョーな間違い方しやがってしばくぞコラ!」
「おろぉ!?」
沖田の言動にイライラしていた土方は、沖田に怒鳴ったそのままの勢いで剣心に喰ってかかった。初対面の剣心にでも容赦がない。
「おいおい、善良な一般市民に向かってそんな物騒な事言ってんじゃねーよ。この税金泥棒どもが」
「オメーが言うと一層胡散くせーんだよ!毎度毎度、死んだ魚のような目ェしやがって!いつ煌めくんだテメーの目は!ああ!?」
銀時にも一通り怒鳴った後、土方は一度ふーっとため息をついた。
イライラとポケットをあさり、煙草をくわえるとマヨネーズ形のライターで火をつける。
「ったく、まあいい。おい、お前。そこの廃刀令違反!」
「おろ?」
「言い訳は屯所でたっぷり聞いてやるから、ひとまず乗れ」
そう言って土方は車の後部座席を指す。
「い、いや。拙者のこれは人を斬れる代物ではない故」
「何言ってやがるいかにも使い古してそうな見た目させて。ちょっと見せやがれ」
土方は剣心の腰に納まった剣の持ち手を握り、抜いた。
「お前さんこりゃあ・・・」
まわりにいた者たち、剣心以外の男衆が、ほう、と息を呑んだ音がした。
一点の曇りも無い、よく手入れの行き届いた綺麗な刀。だが、鞘から姿を現したその刀身は、刃と峰が逆に付いていた。
「剣ちゃん。この刀、出来損ないネ。これじゃ何にも斬れないヨ」
一同の間からひょっこりとその刀を覗き込んだ神楽が、ことりと首を傾げる。
「神楽ちゃん。これは逆刃刀って言ってね、最初から刃と棟が逆になっている刀なんだ」
新八が説明する。
「へえ、随分珍しいもん持ってんじゃねーか」
銀時も感心したように言った。
「言ったでござろう。人を斬れる代物ではござらんと」
土方から刀を受け取った剣心は、キン、と刀身を鞘に戻した。
「確かに、柄にはべっとりと血がついたような形跡があるわりに、刀身にはそれが無え」
「ですねィ。一度でも人を斬ったら、こうはなりやせんし。謝れよ土方」
「おめーもだ!」
この二人は、良くも悪くも常時仲が悪いようだ。
「じゃき、品はえらいええもんじゃ。技もんかや?」
顎に手を当てて、坂本が言った。
「とある刀工がうった最後の一振りだそうでござる」
「ま、世の中物騒だしなァ。こんくれーなら見逃してやってもいいんじゃねーの?」
銀時が真選組の二人へ視線を送る。土方はフウっと煙草の煙を吐く。
「しゃあねーな。俺としちゃあ、オメーの木刀も取り上げて―ところだしな」
過去幾度か銀時が戦う姿を目にして来たが、どれも、真剣ならば軽々と命を奪っていたような太刀筋ばかりだった。銀時が使う得物が木刀だったからこそ、対峙した者たちは全て生きていると言っていい。
もっとも、骨折などは避けられていない。打ち込む場所を違えば、撲殺も可能だろう。
「旦那だと、木刀でも凶器になり得るから怖いでさァ」
「んだよ。もう助けてやんねーぞ」
「テメーに助けられた覚えはねえよ!」
10' 6. 5 小説投稿サイト『にじファン』掲載
12' 7. 19