第三訓 頼み事はひとつずつ

「るろうに?ってことはおたく攘夷浪士かなんかか?何で日輪んとこに世話んなってるんだよ」

「う、うむ。拙者確かに維新に関わったことはあるのでござるが・・・」

自己紹介をした赤い髪の男     剣心は何故か言いにくそうに言いよどんだ。銀時たちが首を傾げる。


「その事について銀時。少し話がある」


そう言って月詠は日輪を見、頷きあった。それを受けて今度は日輪が話し始める。

「実は最近、吉原で行方不明の失踪者や身元不明の浮浪者が後を絶たなくてね。百華も方々手は尽くしてるんだけど、さっぱりわからない状況なのさ」

「ふーん、さしずめお前もそのひとりってか?」

気怠そうに剣心を見やる銀時。剣心は困ったように微笑んだ。

「お使いがてら散歩していたら、いつの間にやらこの街の裏路地に迷い込んでしまったようでござる」

「まあ、この人がいたおかげで、遊女が怪我させられずにすんだんだけどね」


「へえー・・・ふらっと歩いて地下にまで来たってか。器用なこった」

「スゴい方向音痴アル」

日輪の言葉に銀時と神楽が鋭く毒を吐いた。

「ちょっと二人とも。そのおかげで助かった人もいるんですから、そんな事言うのはよして下さいよ」

何とかフォローに回る新八だが、効果の方は如何せん疑わしい。

「た、偶々でござるよ」

「んで?俺たちをここに呼んだわけは?」


「ええ。実は、銀さんにこの人を預かってもらおうと思って」

「この人って、緋村さんをですか?」

新八が目を瞬いた。

「聞けば、この町は初めてで帰り路が判らないらしいじゃない。私はこんなんだし、月詠は百華の事で手一杯なの。銀さんなら顔が広いし、いざとなったら護衛もしてあげられるし、丁度良いかなって」


こんな、と言ったのは、日輪がある事情で足が不自由な為だった。何故こうなったのかはコミックス以下略。


銀時が深くため息をつき、銀髪をがしがしと乱暴に掻く。

「ったく、相変わらず人使い荒いよね、日輪さん。ホンッとぐいぐい押してくるよね?」

「お願い?吉原の救世主様ぁ〜」

ぱん、と両の手を合わせ、甘えるような声で懇願する態度をとる日輪。少し態とらしいところがあるのは気のせいではあるまい。

「そんな下から目線で言っても駄目だからね?銀さんもう騙されないからね?」

一度、地雷亜の事件の時に見せられた態度なだけに、露骨に嫌そうな態度を取る銀時だったが。


「銀時・・・」

縋るように潤んだ瞳。そっと触れてくる白い手。

「〜〜〜ッ・・・わかった!わかったよ!!引き受ければ良いんだろ!?」

そんな月詠の面と向かって断る事はできなかったようだ。


「さすが銀さん!そう言うと思ったわ」

楽しそうににっこり微笑む日輪。


「ゼッテー確信犯だよコンチクショー」

銀時は悪態をつくしかできなかった。

「すまないでござる、銀時殿。拙者、厄介になっている間は、何でもする故」

「当たり前だ。取りあえず仕事が来たときはお前も強制参加だからな。こき使ってやる」

「承知した」

ビシッと上から口調で言い渡す銀時。剣心としても、世話になる以上できる事はする義務のつもりの言葉だったのだが。


「いや、緋村さん。そんな真面目に言う事聞かなくて大丈夫ですよ。銀さんは今ちょっと機嫌が悪いだけですから。客人にそんな事させません」

「まんまと手玉に取られて憂さ晴らししてるだけアル。大人げないだけネ」

新八と神楽がぴしゃりと言い放った。

ぴきぴきと銀時の顔に青筋が立つ。

「かあちゃーん、月詠姐――! ただいま――!」


不意に、店の方から聞こえて来た元気な少年の声。程なくして、縁側から部屋に入る障子を開けてその少年は姿を現した。

「あら晴太。おかえり」

日輪が、入って来た少年に優しく微笑みを向ける。


「銀さーん!来てくれたんだって!?久しぶり!」

「よう晴太、元気にしてたかァ?」

入って来た少年、晴太は、銀時に飛びついた。晴太を受け止めた銀時は、彼の黄色味のある土色の髪をくしゃりと撫でる。

「うん!銀さんも神楽さんも新八さんも元気そうで何よりだよ!今日はゆっくりしていけるんだろ!?」

「まぁな」

「そうだ!日輪ちゃん!私日輪ちゃんのゴハンが食べたいアル!」


思い出したように神楽が日輪の方を向いて言った。クスクスと笑い声をたてる日輪。お見通し、という顔だ。

「そう言うと思って、ご飯いっぱい炊いといたわ。たくさん食べてね」

「おい、あんま食うんじゃねーぞ。腹八分目にしとけよ」

神楽は可憐な少女という外見に反して、放っておいたら延々と食べ続けているのである。好きなだけ食わせたら、この家の食料が無くなりかねない。

「おめーもあんま飲むんじゃねーぞ。テンパ」

「うっせーこの胃拡張娘!」

「頭領。例の件でちょっと」

銀時と神楽の押収の影で、晴太を連れて来たらしい百華の女性がこそりと月詠に話しかけた。

「わかった、すぐ行く。そう伝えなんし」

頷き、立ち上がる月詠。百華の女性は先に姿を消した。日輪の顔が、心配そうに月詠を見上げる。銀時と神楽の押収もぴたりと止んだ。


「また行方不明?」


「いや、それとはまた別の件じゃ」

ふぅーーっと紫煙を吐き出して、月詠が言った。

「おいおい、まだ何かあんのか?まさかこの前の紅蜘蛛党の残党、とか言うんじゃねーだろうな」

がしがしと頭を掻く銀時。

「いや、天人じゃ」


「天人?     春雨か?」

ぴくり、と、銀時たちの表情に僅かながらの緊張が走る。


それもその筈。名目上、今この吉原を統べているのは春雨の第七師団団長、神威     神楽の実の兄だ。春雨と吉原のふたつがそろって、彼が出て来ないわけが無い。


「いや、春雨にしてはやり方が雑のようじゃ。おそらくは別の組織」

それを聞いて、神楽の緊張の糸が一気に緩まったのを一番傍にいた銀時は感じとった。

それはそうだろう。相手は血の繋がった兄弟だ。肉親が何かしでかそうと言うのなら、それを止めなければと思うのは至極当然なことだと思う。


実際のところは銀時に知る由もないが・・・

「判っている事はそやつらが、今は潰れてしまった元遊郭の廃屋を利用し、根城としておるらしいという事」

月詠が続ける。

「鳳仙の脅威が去ったとは言え、相変わらずここは上の常識も通じぬ治外法権の地。その特性を利用して、そやつらが何か好からぬ動きを見せておるらしいのは確かじゃ。正体までは生憎と掴めておらなんだが、吉原に害をなそうというのなら放ってはおけん。いずれ部下たちを率いて叩き潰すつもりじゃ」


「おい、まさかお前・・・」

彼女の発言に、銀時が眉をしかめた。吉原絡みになると、どうもこの月詠という女性は無茶をする。そう思って声をかけたのだが、当の月詠はクスリと微笑むだけで。

「心配せずとも、無防備にずかずかと敵の懐に突っ込む程わっちは愚かではありんせん。じっくりと策は練る。今日のところはぬしらもゆっくりして行くが良いわ     どうせ、この後も見回りに出るつもりじゃったしのう」


「全く、相変わらずな奴だよ。オメーは」

あきれたように銀時は息を吐いた。本当に何があっても変わらない女だ。

「何か判ったら連絡はする」

障子戸の脇に立ち、銀時たちに背を向ける格好で月詠が言った。

「おう。てめーも無理すんじゃねーぞ」

銀時は月詠の方は見ずに、その背中に声をかけた。

「それじゃあ、飯の支度でもしようかね。緋村さん、手伝っとくれ」

「わかった」

月詠が席を立った後、日輪が切り出した。晴太が隅にあった車椅子を押して来る。剣心が介助して日輪が車椅子に乗り、一同は移動を始めた。一拍遅れて銀時もそれに続く。

本当に

厄介な事になってるみてーじゃねーか

晴太に袖を引かれ、神楽たちと移動を始めた剣心の方を見、銀時はもう何度目かも判らないため息をつくのだった。

10' 5. 23  小説投稿サイト『にじファン』掲載
12' 7. 19

ひのやを訪れた銀時たち。

出迎えたのは、見慣れぬ赤い髪の青年だった。


その名は     緋村剣心。

かくして、奇想天外な物語は始まった。

<ここからあとがき> おまけ:

銀時たちが帰った後の太陽と月の会話

「日輪、アレで良かったのか?」

「ばっちりよ。ありがとう、月詠。あんたのおかげで銀さんの了解が得られたよ」

「何故わっちも頼み事を言う必要があったんじゃ?別にわっちがあのように言わずとも、銀時なら協力してくれると思うが」

「あら、わかってないわね。男は好きな娘からの頼み事は断れないものよ。現に銀さんったらあんたが頼んだから引き受けたようなもんなんだから。気付いてなかった?」

「そうなのか?」


「本当、変なところで鈍いのねえ」


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剣心の扱いが微妙すぎる・・・


精進。


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