「日輪ァ〜。来たぜーー」
吉原の通りの一角にある、茶屋『ひのや』。その店先で、一行はこの店の主人でもある日輪を呼んだ。
「日輪チャーン。ゴハン食べに来たヨーー!」
神楽は差していた日傘を閉じ、屋根の下に入った。銀時と新八の二人も続く。
「日輪ァ――?晴太――?・・・ったく。人を呼んどいて・・・おーい、つく
」
「はーい、今行くでござるよ―――・・・おろ?」
奥への出入り口に掛かった暖簾をくぐり、ひのやの店先に顔を出したのは、赤い長髪をゆるりと後ろでひとつにまとめた短身痩躯の男だった。赤みがかった竜胆色の着流しに白い袴。左の頬には十字の刀傷がある。
女ばかりの吉原では珍しい。
「おにーさん、見かけねーツラだな。何?日輪のコレ?」
銀時がピンと小指を立てた。
「何故そう言う話になるのかわからぬが、違うでござる」
「ってことは、まさか
つく・・・いやいやそんな。違うよね?月詠のコレとか言わないよね?」
いやいやと首を振り、もう一度小指を立てる銀時。
「それも違うでござる」
「そうだよな〜。だいたいあんな殺風景な奴・・・いや、ツラはけっこう良いからまさか・・・いやいやいや」
「ちょっと?聞いてるでござるか?」
一向に会話が噛み合ない銀時に、青年(?)(だって神楽より少し大きいくらいの身長しかない)は対応に困った。こんな人種とは今まで対応したことが無い。
「ちょっと銀さん、落ちついて下さい。この人困ってるじゃないですか」
「でも、可能性が無いワケじゃないアル。銀ちゃんよりもこの人の方がしっかりしてそうネ」
「神楽ちゃん・・・」
「いやだー!それ以上言うなー!!ちくしょー!」
新八のフォローも神楽の毒舌に一刀両断されて終わる。いよいよもって銀時が騒ぎだした。
「そんな訳なかろう」
凛とした声が後ろから聞こえてきた。
振り返ればそこには亜麻色の髪の女性が立っていた。顔に傷こそあるものの、目を見張る美貌を持つ女性だ。黒地に紅葉の紋様が入り、右袖のない着物。煙管から紫煙を燻らせるさまが画になっていて艶かしい。
「ツッキー!」
神楽の声に、ぐるりと銀時が振り返り、入り口に立った女性に縋りついた。
「月詠―!月詠さん!ねぇウソだよね?ウソだと言っ
はぶぁ!?」
「落ちつけ、銀時」
何かを投げた後のような格好で月詠と呼ばれた女性が言った。倒れた銀時の額には、綺麗にクナイが決まっている。
「月詠殿、お知り合いでござるか?」
青年は銀時と月詠を交互に見ながらおろおろと言った。
「うむ、今朝話した坂田銀時という奴じゃ。そっちのチャイナ服の女子が神楽、眼鏡が新八じゃ。怪しい者ではありんせん」
「そう言いながら思い切り容赦ないのでござるな・・・」
すっかり驚いている。まあ普通の人はこんな光景お目にかかれないどころではないので当然ではあるが、生憎万事屋一行にとっては非日常というわけではない。
「大丈夫です。銀さんはこれくらいじゃ死にません」
「そうネ。銀ちゃんは不死身ヨ」
「おめーら、人をなんだと思ってやがる・・・」
けろりと言い放つ二人。悪態をつきながら平然と起き上がる銀時。常人では考えられないが、本当に大丈夫そうだ。
「立ち話もなんじゃ。あがりんせ」
月詠がひのやの奥の暖簾に手をかけて言った。
「奥で日輪が待っておるはずじゃ」
「久しぶりだね、銀さん。元気だったかい?」
月詠に通された座敷部屋では、待ち構えていたように絶世の美女が座っていた。彼女が吉原の中心人物、日輪だ。
「まーな。そっちも元気そうで何よりだ」
銀時たちは日輪の向かい側に座る。次いで月詠が日輪の隣に、赤髪の青年がさらにその隣に座る。
「日輪ちゃん、晴太は?」
きょろきょろしながら神楽が今ここにいない日輪の息子、晴太の名前を呼んだ。
「生憎今はバイトの時間でのう。何、今部下が呼びに行っておるはずじゃ」
その問いには月詠が答える。それを聞いて神楽が残念そうな顔をした。
「で、この人誰?一体何なの?」
一通りの会話が済んだ所で、銀時が入り口付近に座った赤い髪の青年の方を顎でしゃくった。死んだ魚のような目が少々不機嫌そうに見えるのは気のせいではないかもしれない。
青年は、軽く肩をすくめ、銀時たちに向き直った。
「あい失礼した。拙者の名は剣心
流浪人の、緋村剣心でござる」
かすかな微笑みをのせた声が、やわらかく空気を震わせた。
紅と白
有り得ぬ二色の出逢いから
交えぬはずのふたつの路が廻り出す
くるくる
くるくる
躍るは白の戦舞台
舞い立つ紅と翻そう
返す刃の一閃に
咲かせてみせるは修羅の華
銀魂剣客浪漫譚
10' 5. 19 小説投稿サイト『にじファン』掲載
12' 7. 19