からりと晴れた昼下がり。江戸は新宿、歌舞伎町の一角にある、大きな看板が据えられた建物の二階からは、世にも奇妙な音が鳴り響いていた。
「銀ちゃ〜〜〜〜ん」
その中でもとりわけ大きな音を鳴らせるのは桃色の髪を左右で団子にした赤いチャイナ服の少女だ。裾は膝より上程度の服に細身のズボンと動きやすそうで可愛らしい格好である。
「あ〜〜〜〜?」
銀ちゃん、と呼ばれたその男は、居間の中央にテーブルを挟んで据えられた長椅子に仰向けに寝転がり、ジャンプを顔に被せて気怠そうに返事とも知れない声を漏らした。本の下から、銀色の天然パーマの髪が覗く。
「おなか減ったアル」
少女は、その銀髪の男の向かい側の長椅子に座り、じと目で彼に言った。
「あ”〜〜〜〜〜!?」
語気を少し強めたそれでもやる気の無い声で銀髪の男
坂田銀時は返事とも知れない返事を返した。
「おなか減ったアル」
少女
神楽は、先程と同じ言葉を繰り返す。
「るせーーなぁー。酢昆布でも食ってろよ」
銀時が適当に答える。酢昆布は、神楽が暇さえあればいつも食べているものだ。
「さっきなくなったアル」
「・・・・」
神楽の言葉に沈黙が降りる。
「銀ちゃん」
「あ”―――?」
「おなか減ったア
」
「だからうるせーーっっての!」
銀時が長椅子からがばりと身体を起こした。神楽は平然と続ける。
「何か食わせろヨ」
「いい加減にしなさいよ!こっちだってハラァ減ってんだよ!もうお腹と背中がくっつきそうなんだよ!そんなに食いたきゃ、下行ってババァにたかって来い!」
「銀さん、お登瀬さんにはかれこれ4ヶ月分の家賃がたまってるんですよ。今行ったら確実に実力行使で搾り取られます」
神楽の隣に座った、眼鏡の一見どこにでもいそうな普通の少年、志村新八が銀時の言葉を返す。
お登瀬さんとは、ここ、万事屋銀ちゃんの大家さんだ。良心的な値段で建物の二階を間借りさせてもらっているのだが、その良心的な金額でさえ、銀時はまともに払ったためしがない。故に、常に●ヶ月分は滞納気味である。
「大丈夫だろ。だって見ろコレ。搾り取られるモンはもう何もねーだろーが」
「威張って言うなァアアアアアア!!」
開き直った銀時の態度に、新八が思わず叫んだ。
「どうすんですか!今度こそ追い出されますよ!!いくらお登瀬さんでも、いい加減ブチ切れますよ!」
「んなカリカリすんなって新八ィ。だからお前はいつまで経っても新一になれねーんだよ。いつまで経っても八のまんまなんだよ」
「うおぉおい!どういう意味だそれ!」
ジリリリリリリリ
タイミング良く、と言った風に銀時の仕事机にある万事屋の電話が鳴った。
「お、電話電話〜〜っと」
普段は人にとらせるクセに、この時ばかりはいそいそと電話に出にいく銀時。新八のごちゃごちゃ言う声ももう聞こえていないようだ。
「は〜い、万事屋・・・っておめーか。久しぶりだな」
電話に出た銀時が、なにやら親しげに(というか気怠げに)電話相手と話し出した。どうやら依頼の電話という訳ではないらしい。銀時は二言三言電話の相手としゃべると、はぁ〜っと重い息を吐いてがちゃりと受話器を置いた。そうして机の横に立てかけてあった木刀(柄の部分に『洞爺湖』と掘られている)をとり、腰に差す。
「おう、お前ら出かけるぞ」
「出かけるってどこへですか?」
新八が眉をひそめた。
「アレだよ・・・吉原」
銀時はぽりぽりと頬をかいてやる気のなさそうに答えた。
「じゃあ今の電話、日輪さんだったんですね」
「やったネ!日輪ちゃんにご飯一杯食べさせてもらうヨ!」
吉原と聞いてとたんに二人はさっきまで空腹に項垂れていたにもかかわらず大いに喜んで躍り上がった。
地下都市『吉原桃源郷』。日輪とは、その吉原という場所に住まう者たちの中心とも言える人物だ。ひょんな事から、万事屋一行はこの吉原と言う場所と関わる事となったのだが、その説明は面倒なのでコミックス(25、6巻他)などを読んでもらいたい。
「あ、タッパとか持って行かなきゃ」
万事屋の事務所兼居間から出て、玄関に行く前に台所へと消える新八。神楽がいつもの番傘を片手にズバリと一言。
「貧乏性だな駄眼鏡」
「何だとぉおおおお!?」
一気ににぎやかになった二人の姿を見ながら、銀時はそっとため息をついた。騒がしいけれど暖かなこのいつもの情景がほほえましい。
しっかし、吉原、ねぇ・・・
銀時は電話の向こうの日輪の言葉を思い出していた。
「銀さん、お久しぶり。元気だった?」
「まあ、ぼちぼちだ」
「今、お暇ならちょっと遊びに来てくれない?」
「いや、ヒマっちゃあヒマだが、なーんかおめーの言い方引っかかんだけど」
「本当?じゃあ待ってるから、絶対来てね?」
「おーい、スルーかよ」
「ご飯たくさん炊いておくから、ね?」
「日輪さーん、あんた何でウチの食卓状況知ってんの?エスパーか?エスパーですかコノヤロー」
「じゃあ、また後でね?月詠も会いたがってるから」
「・・・・」
月詠と聞いて思わず黙ってしまった銀時。
「じゃあね」
ガチャ
ツーー、ツーー、
「あ、おい・・・!」
日輪にしては少々らしくなかったとも思う。何か面倒な用がある事は明白だ。
だが急いでいる態ではあるものの、緊急事態という訳でもなさそうだった。
吉原には、月詠が率いる自警団『百華』だってある。まあ、頭が働きすぎるという問題点もあるが、多少の事なら自力で解決できる程の実力はあるはずなのだ。
銀時たちを呼ぶという事は、百華に何かあったのだろうか。
「厄介な事にならなきゃいいけどなァ」
銀時はがしがしと銀色の頭をかいて、新八と神楽の後に続いて万事屋を出た。
こういう予感に限って、当たるんだ。
10' 5. 17 小説投稿サイト『にじファン』掲載
12' 7. 19