十分後
コキリの森の子ども達が、デクの樹サマの広場に集まっていた。
その真中には、ロイドとルーク。
あまり居心地のいい構図とは言えない。
かなりの排他的な村のようだ。
もとより住む世界はそれぞれ違うものの、世界中を旅した事のある2人。
罵詈雑言を浴びた事は幾度と無くあったが、子どもの視線がイタいと思う日が来るとは夢にも思わなかった。
「お前達の話はよくわかった」
デクの樹サマの低くしゃがれた声が響いた。
リンク、ミド、そしてサリアの3人も、その2人を遠巻きにして見ている。
「少なくとも、お前達はこの森の外から来た者だという事じゃな」
ざわざわと、森がどよめく音。
「わしは、この土地から動けぬ身。この森の外の事は詳しくは分からんが、
この森を出たハイラルの城におわす姫君にお会いできれば、あるいはお前達のいた場所とやらに帰る事ができるやも知れん。
旅の仕度を整えて、向かいなさい」
「でもデクの樹サマ!」
と、コキリの男の子
「こいつらよそ者じゃんか!」
「『ソト』の奴らなんかさっさと追い出しちゃえばいいんだよ!」
ふたつの声に皆が反応する。
森がざわめく。
「まぁ、待ちなさい」
デクの樹サマの声が優しく響く
「明日はコキリの森の祭じゃ。祭の時に悪さする者はおらんじゃろう?」
それともわしの可愛い子ども達は、悪い子なんじゃろうか?悲しいのぉ
「ちがいますっ!!」
「デクの樹サマ、ごめんなさいーっ」
あわてて否定するコキリの子ども達が微笑ましい。
「では、ロイド、ルーク。この祭の間だけはこの森におる事を許そう」
それは暗に祭が終わったらすぐに出て行けと言われているようでもあったが。
「ありがとうございます」
彼らは大人しく従った。
「そうそう祭と言えば
リンクそしてミドや。わしの所に来るのではなかったかな?」
その声はさっきまでと違ってちょっと笑っていて、優しかった。
きっとこれが本来の彼なのだろう。
「「あ…」」
すっかり忘れてた。
「ヤダもーリンクったらまたネボウしたの?」
「それともアニキがリンクとまたケンカしてたり?」
あちらこちらから笑い声が上がる。
そしてとどめの一撃
「
ホンット2人とも仲良しなんだから」
「「
はぁ!?誰がこんな奴と…! やるかこの」」
あっちゃーまた始まっちゃった
そんな声がどこからか聞こえてきたかと思うと、2人は取っ組み合いのケンカになっていた。ここがどこだかも忘れて、である。
「
これ、お前達!ケンカはいかんと言っておるじゃろう」
雷のようなしわがれ声が降ってきた所でケンカは終わった。
「ではリンク、わしの根元に剣が一振りある。明日の祭で使いなさい。」
「はい、デクの樹サマ」
返事をひとつすると、リンクはデクの樹サマの根元に小さく開いた樹のウロに手を突っ込んだ。
しばらくして彼が身を起こすとその手には一振りの剣。彼にとっては少々小降りかもしれないが普通に剣として振るえる。
「ミド、お前にはこっちじゃ。明日までに仕上げられるな?」
デクの樹サマがその身を振るった。木の葉にまぎれて、樹の皮が一枚。
何かの力に守られているのか、淡いミドリの光に包まれてゆっくりと降りてきてミドの手に収まった。
「もちろん!」
「では、よろしく頼もうかの」
これでおわりじゃ
デクの樹サマがほうっと一息ついた。ミドが樹の皮を持ってコキリの子ども達を見回す。
「よっしゃ、じゃあみんな、また明日な!かいさーん!」
ミドの声とともに、がやがやとデクの樹サマの広場を後にする子ども達。
ほっと一息つくロイドとルーク。自分たちも行くかと去りかけた時
「そこのお客人」
嗄れた声二、2人が振り返る。
「すまなかったのう、最近何やら落ちつかぬ事ばかり続いておっての。つい強く言ってしまった。許しておくれ」
さっきまでの自分たちに対する態度とは、『うってかわって』という雰囲気の彼に、2人は目を丸くした。
「いいよ、俺たちも突然現れた訳だし」
そう切り出して来たのはロイド。この森の守護精霊、デクの樹にも怖じる事ない姿勢
(デクの樹がどれくらい偉いのか分かっていないとも言う)だ。
「誰だって何処の誰とも分からない人間が現れたら、すぐに信用することなんてできません」
ルークが頷き、それに続く。
その表情は、何処か大人びていて、幾多の経験を経た者だと分かる。デクの樹はそんな2人を見ながら言葉を続けた。
「子ども達も、森の妖精達もわしが落ちつかんものじゃから敏感に感じておるのじゃろう。
近頃森の外が怪しゅうなってきおって、この森も危ないのじゃ。
そこにお前さん達が現れて… 」
ふと、デクの樹は言葉を切った。何だろうと2人は首を傾げる。
「あの… デクの樹様?」
声をかけたのはルークだ。
ルークの声にデクの樹ははっと身(?)を起こす。
「ああ、すまん。どうやら疲れておるようじゃ。お前さん達はゆっくりと休むんじゃぞ?」
聞く者を安心させるような年老いた優しい声だった。
この森の子どもたちが親しむのがわかる。
「さて、この森にいる間に守ってもらいたいものが二三あるのじゃがの、その前に…
リンクや」
広場を去りかけた3人のうちひとりが振り返った。後の2人に先を促し、走って来る。
金色の髪が風に揺れた。
「何?デクの樹サマ」
剣を両手で抱えながら、リンクは2人に並んだ。ちらりと視線が合う。
「確かこの2人はお前の家に現れたんじゃったかの」
「はい」
ふむ、とデクの樹は思案し始めた。
一体何だろうと3人が顔をあわせる。
「リンクや、すまんが…この2人がここにおる間、お前の家にいさせてやってくれぬかの?」
祭の間だけじゃ
「それは…
大丈夫です! もちろん!」
それは、さっきの子ども達とは対照的に、嬉しいといった笑顔。
「それからもうひとつ。この2人にこの森での事も教えてやってくれるかの?」
「
はい!」
「ならば安心じゃ」
ふう、とデクの樹は重い息をはくとそれきり沈黙した。
「こっちだよ、ふたりとも」
リンクは2人に声をかけ、歩き出した。
「なぁ、なぁ、ここってどういう所なんだ?子どもばっかりだけど、みんな耳が尖ってるし…もしかして、エルフの里なのか?」
そう聞いてきたのはロイド、という方だったっけ。リンクと同じくらいの背だ。
「えるふ? …よくわからないけど、ここはコキリの森って言って、オレたちコキリ族が暮らしてる所なんだ。」
疑問がひとつ
「すげーなーここ、おれ、樹がしゃべるの初めて見た」
こっちはルーク。なんかすぐ慣れた。ちょっと背が高くてすごく人懐っこい。
「?樹ってデクの樹サマの事?そりゃあ、デクの樹サマはこの森の守護精霊だから、お話ができるのは当然だろ?」
またひとつ
「おれがいた世界じゃ見た事ねぇ」
「俺もー」
あ、でも俺の世界にも大樹があるんだ。今はまだ苗木なんだけどさ、今に立派な樹になるんだぜ!
その時には、あのデクの樹、みたいにしゃべるようになるのかな。
そう言ったのはロイド。
疑問が、たくさん
「なぁ、オレも聞きたい事があるんだけどさ」
2人の話を聞いて、思ったこと。
森の皆は別に何も無いみたいだけど
「あ、あのさ」
「
あ、リンク」
突然かけられた声に驚いてそっちを見ると、先に行かせたハズのミドとサリアがいた。
「おハナシ、おわった?」
「デクの樹サマ、何だって?」
「あ、あぁ、ロイドとルークをしばらくオレの家にお泊まりさせてくれって」
「ふーん…
ま、オマエの家に落ちてきたもんな。本当、どっから現れたんだよオマエら」
「それはこっちが聞きてーっつーの」
ルークが両腰に手をおいて言った。
「デクの樹サマも分かんなかったのにおいらに分かる分けないじゃんか。」
「
はいはい、そこまで」
サリアがポンポンと手を叩いた。ミドが弱い満面の笑顔で。
「いいじゃない、おトモダチが増えてサリア嬉しいもん!
そうだ!おマツリの練習、『あの場所』でやらない?きっとロイドもルークも気に入ると思うの」
「あの場所ってサリア、オレ、デクの樹サマにこの森でやっちゃいけない事をふたりに教えてって…」
「大丈夫よ。今までだって怖い事なかったじゃない」
「何だ、妖精なし。怖いのか?」
「
だれが!」
「よーし、キョーソーだ。どっちが先に着くか!」
「
のぞむところだ!」
とたんに走り出すふたり。
特にリンクは、デクの樹サマの言いつけをすでに忘れている。
後に残るのはサリアとルークとロイドだ。
「えっと、ワタシ達はワタシ達で行きましょうか」
こっちこっちと無邪気に誘うサリアに、ためらいは見えない。
どうやらこんなことは日常茶飯事らしい。