呪いの森
そう呼ばれる場所がある。
本当はちゃんと名前があるんだが、今はそんなもの、どうでもいい。
此処にいるのは自分とラピードだけ。いつもの仲間は散歩にかこつけて花の街に置いて来た。
思えば些細な事件で下町を出てから、ひとり、またひとりと増えていった旅の道連れだった。
それが今、ある決心をして、その仲間たちから離れ、故郷の下町がある帝都に戻ろうとしている。
相棒と2人きり。
こんな事は久しぶりだ。
道中現れる魔物と戦っていても、腹が減って簡単にメシをすませてみても、何かいつものようにいかない。
それに、妙に疲れた。
ラピードに見張りを頼み、彼、ユーリは、ごろりと地面に横になってすっかり重くなっていた瞼を閉じる。
眠気はすぐにやって来た。
どのくらいそうしていただろう。
笛の音・・・?
ふと、耳に心地良いやわらかな音色が聞こえてきた。
ぼんやりとまどろんだ意識で、のそりと視線をやれば、目に映ったのは馴染みの金と空の色。
彼は今、デイドン砦にいるのではなかったか。
「フレン・・・?」
「あ、ごめん、起こしちゃったか?」
思い当たった馴染みの色の名を呼ぶと、笛の音が途切れるのとともに予想外の音が返って来て、ユーリはがばりと身を起こした。
そこにあったのは、確かに親友と似た色合いだったが。目の前の青年(ユーリより若干若そうだ。10代後半、だろうか)は、それ以外全く違う。
服装は少しくたびれたようにも見える緑の服に緑の帽子。それに地面の色をしたブーツ。何だか森の中にとけ込んでしまいそうな格好だ。耳が長いからクリティア族、か?触覚・・・は、ないようだが。
「ぴかぴかぁ〜」
「
ッ、こいつは!?」
ユーリが青年を観察している間に、ひょこりとその影から現れたものに、彼は息をのんだ。
耳の尖った黄色い鼠だ。サイズ的には顔より大きいくらい。黒い瞳で、頬に赤い丸い紋のようなものがついている。尻尾の形は雷みたいだ。
青年は、ユーリのその様子にくすりと微笑むと、ピカチュウを抱き上げ、彼らの間におろした。
「こいつはピカチュウ。ポケモンっていう種族らしい」
「ポケモン・・・?」
「ぴかっちゅー」
ピカチュウ、と紹介されたその鼠は、片手を上げて一声鳴いた。独特の鳴き声だ。
「オレも、人づてに聞いただけだから詳しくは知らないんだ。本人は見ての通り、ヒトの言葉をしゃべってくれないし」
「まあ、そうだろうな・・・」
ユーリは苦く笑った。
「ピカチュウ・・・ ピカでいいか?」
「ぴかぴか」
肯定するように上下に振ったその黄色い頭をそっとなぜてやると、ピカチュウはくすぐったそうにしながらもすり寄って来た。ラピードには悪いが、彼よりもやわらかくてふわふわした手触りだ。
「で、お前は? あ、オレはユーリだ。ユーリ・ローウェル」
「オレはリンク。一応、ハイラルの剣士。はじめまして」
リンクと名乗った青年は、左手を差し出してきた。
「ハイラル・・・?」
握手に応じつつ、疑問を口にすると、青年は素直に自分が生まれた国だと答えた。
「んな国きいたことねーけど」
「だろうな」
リンクが肩をすくめつつ苦く笑った。自分の国を知らないと返され、笑うのもどうかと思うが。
「詳しいことは、マスターが話すと思うからさ。とりあえず行こうか」
そう言ってリンクが立ち上がり、服についた砂を払う。その間にピカチュウは傍にあった木を駆け上り、リンクの肩に飛び乗った。どうやらそこが定位置らしい。
「いくってどこにだよ。オレ、行かなきゃなんないトコあんだけど?」
いつものように皮肉を込めて素知らぬ方を向く。彼らがいる森は樹々の間から零れる木漏れ日が金色に輝き、幻想的な雰囲気を醸し出していた。時折枝葉は風にゆられて心地良くざわめきの音を立てる。
その光景にしかしユーリは眉をひそめた。
「どこに行こうとしてたかは知らないけど、どのみちマスターに事情話さなきゃ行けないと思う」
「何だと?」
森の景色から沸き起こる疑問を他所に、リンクが言った言葉でユーリは思考を中断した。思わず睨みつけてしまったのは、置かれていた状況のせいだろう。
「わ、わ、文句はマスターに言ってくれよ?とにかくオレたちがこの世界で生活してる場所に行けば、マスターに連絡できるからさ。それに、ユーリもこの世界のヒトじゃないだろ?」
「この世界って・・・」
そう言って再び周囲の確認をする。
自分は最後に、森の中に捨て置かれた魔導器の傍で横になったはずだった。なのに起きてみれば魔導器の代わりに一本の木。正面には泉。小さなヒカリの珠が漂っているところを見ると、エアルクレーネのようにも思えるが、それにしてはそのヒカリの珠は意志を持ったように浮遊しているようにも見える。
このことからも、確かにそこは知らない場所のようだ。
「・・・確かに、さっきまでいた森ん中じゃねーみたいだが」
「ここは、スマッシュアリア。今言ったマスターがつくった世界だよ」
「は!?」
素っ頓狂な声をあげてしまったのも無理はない。
「マスターは、いろんな世界の戦士たちをこの世界に連れ込んでるみたいなんだ。オレとピカチュウもその戦士のひとり。喚んだ理由は色々あるみたいだけど、そのハナシは邸に帰ったときマスターが説明してくれると思うから、今はナシにするよ?」
「つまりオレもその一人だろうってか」
「まだ何にも聞いてなかったけど、近々人数増やすってマスターも言ってたし
招待状もらっただろ?」
ことりと首を傾げるリンク。
「招待状・・・?」
「人によって誘い文句と方法は違うみたいだけど、だいたい一言しか書いてないカードと、ここへ来るための『入り口』がある場所の地図がはいった手紙、らしいんだけど」
「いや、話見えねーんだけど。何だよ招待状って」
ユーリが眉をひそめる。
「差出人にマスターハンドって書かれてるハズらしいんだけど・・・ 大きさは大体これくらい」
と、リンクは宙にハガキより少し大きな四角を描いた。
もちろん、そんな事を言われても心当たりが無いものは無い。
「んなもんあるかよ」
「じゃあこっちかな・・・ここに飛ばされる直前に変な声が聞こえてきた、とか」
「俺は森ん中でテキトーに寝っ転がってただけだぜ。聞こえてきたのはあんたがさっきまで吹いてた笛の音。つか、そもそも何だよそのマスター何とかっつーふざけた名前は」
「え・・・?」
「ピィカ」
リンクとピカチュウはやけに幼い表情で互いに目を合わせた。