決行は今夜。
会議はそうして幕を閉じられ、今はおのおのが思い思いの時間を過ごしていた。
新八と神楽、宗次郎の三人は百華の者に連れられ詰め所へ行っている。中でも得物を持たない宗次郎は刀を借りるために解散後すぐに月詠ら百華の者たちと話をしていたはずだ。
そして桂は、例の女装を解く為にひのやの一室を借りに行ったのだった。
「大丈夫、なのかのう・・・」
先の会議のことを思い、月詠が紫煙を燻らせため息をつく。彼女はひのや茶屋の店先の縁台のひとつに腰掛けていた。
「大丈夫だろ。ヅラはああ見えて人使うのが巧ェからよ」
その隣の縁台にて、通りを眺める形でくつろぎながら団子(みたらし)をほおばる銀時。
「だが・・・」
「んな顔すんなって。てめーはいつもみたいに、百華の連中とこの吉原を護りゃいいんだ。何なら、連中全部仕留めちまう勢いでやっちまって、あいつらの出番自体なくしちまえばいい」
「それはそうなんだが
」
なおも浮かない顔の月詠の様子を見て、銀時はため息をついた。
「・・・てめーまさか、最初から茶吉尼がいるの知ってたんじゃねーだろーな?」
そう言ってやれば、月詠は視線を斜め下に落としてうつむいた。
この反応は図星だ。
「なのに何とかなるだ?馬鹿言いやがって
無理すんじゃねぇって言ってんだろーがコノヤロー」
ため息を交え、次の団子に手を伸ばす。
「すまぬ。ぬしらにあまり危険なことをさせたくはなかったのじゃ」
「それでてめーらがやられちゃ元も子もないだろ」
「しかし・・・」
なおも言いよどむ月詠。銀時は団子を口に運ぶ手を休め、深く息を吐いた。
「新八にはヅラがいる。辰馬もまあ、多少鈍ってるかもしんねーが、あいつもそれなりにつえーんだぜ。神楽も
全部見た訳じゃねーからわからねぇが、おめーらの言ってた通り、緋村の野郎はかなりの腕みてーから平気だろ。あっちのガキはちとよくわからねーがな」
最後の宗次郎の評価で、銀時はわずかに声のトーンを落とした。
万事屋で対面した時から終止ニコニコと笑みを絶やさないところは、ある意味沖田よりタチが悪い。
だが、緋村が認める腕だという
未知数だが、手練であることは想像に難くない。
「てめーは、しゃんと構えてやりゃあいいんだよ。それとも何だ
怖じ気づいたってんなら、代わりに・・・俺たちが全部片付けちまってやってもいいんだぜ、死神太夫?」
に、と厭みたらしく笑って見せる銀時。
月詠は少々息をのむ素振りを見せつつも、すぐに口元を和らげた。
「たわけ、わっちはこの吉原を護る百華の頭ぞ。ぬしらの手などかりぬとも、あの程度の奴ら、クナイの錆にしてくれるわ」
紫煙を燻らせ、立ち上がる。
凛とした立ち姿。
彼女のそのいつもの調子に、銀時の口元も自然と笑みがもれる。
「その意気だ」
これでこそ夜兎の王も認めた常夜の国の番人、死神大夫。
どうやら悩みを軽くしてやることにも成功したらしい。
もう大丈夫だろう。これで足りないのであれば、あとは銀時自身でなんとかしてやればいい。
最後の一本にかぶりつきながら、いつもの調子を取り戻した彼女が部下たちに檄をとばすのを、そのままぼんやり眺めた。
もくもくと最後の一個を咀嚼して、銀時は吉原の四角く切り取られた空を見上げる。
さて、予定は少し違ったが、銀時のここ最近の『目的』も吉原<ココ>に無い訳じゃない。決行までにまだ時間もある事だし、用事を済ませに行くとするか。
「銀時」
立ち上がろうとして、ひのやの奥から(大変不本意だが)馴染みのある声がかかった。
横目で見てみれば思った通り、普段の服装に戻った桂が立っている。何やら似合わない神妙な面を引っさげて。
こいつがこんな顔をするときは、昔からいつも決まりきった話なんだ。
「その、すまぬな。いつも損な役ばかり
」
「いつものこったろ。てめーこそヘマすんじゃねーぞ」
普段の電波もどこ吹く風か。そんな態度で切り出された桂の話をわざとらしいため息で遮り、銀時は手をひらひらと振ってふらりと吉原の街へ繰り出した。
「まったく、変わらんな」
その後ろ姿を見送りながら、今度は桂が大きなため息をつく。
「桂殿」
そんな彼に、剣心の声がかかる。
桂が振り向くと、ひのやの奥から顔を出した格好の彼が立っていた。時間まで待つ間、日輪の手伝いをすると言っていたのを思い出す。
今のやり取りを見ていたらしい。
「今のは・・・?」
銀時が去って行った方を一度見ながら、桂のいる店先までやって来た。
こうやって改めて見ると、本当に神楽より少々高いくらいの身長しかない。だというのに坂本と、あの銀時が太鼓判を捺すほどの腕の持ち主らしい。
彼が元いた世界がどうであるかはまだ詳しく聞いていないが、自分たちが戦に出ていた事を推し測るあたり、彼もまた戦を経験した者なのだろう。
「緋村殿が以前指摘した通り、俺たちはかつて、ともに戦に出ていてな」
ならば少しだけ彼に語ろうか。
そう言って桂は、空を見上げた。先程の銀時も見上げていた四角い空を。
それに倣うように、剣心もまたその空を見上げる。
最初にここ吉原へ迷い込んだ時、あの巨大な機関<からくり>天井にずいぶん動揺したのは記憶に新しい。
前の楼主がいた頃は閉まったままだったらしいその天井は、その楼主がいなくなる時にこじ開けられた物だという。
「戦において、自分らより強い軍を相手にする場合、味方を鼓舞する存在が必要だ。銀時は、ある一件でこの吉原において一目置かれる存在でな。心強い味方がいる事は、何より活力に変わるものだ」
蜘蛛手の地雷亜の事といい、鳳仙の事といい
剣心の脳裏に先日の桂たちとの会話が蘇る。
「だが時にそれは、本来味方であるはずの者からでさえも畏怖の対象になる
あいつには昔から、そう言う嫌な役ばかりやらせてしまっているのさ」
桂の言っている事は、剣心にも理解できる部分だった。
それは、かつての己。
幕末の頃、新しい時代のためにと人斬りとして、遊撃剣士として剣を振るってきた、あのころ。
かつて師匠が揶揄した『陸の黒船』たる己の振るう飛天御剣流は、確かに当時
いや、明治となった現在<いま>でさえ己の志士名とともに畏怖の対象として畏れられている。
「緋村殿」
不意に、口を閉ざしていた桂が剣心を呼んだ。視線を桂に戻すと、彼は空を見上げたままだった。その表情は剣心が今いる位置からは見えない。
だが、何か言いにくそうにしているのは気配で伝わってくる。
「その、もし、もしもだ。其方たちの世界に俺や、坂本と似たような名前の者達が存在するのなら、先生は
」
そこまで言いかけた桂は、ようやく空から地上へと視線を戻し、ゆるゆると頭を振った。
「・・・いや、何でもない」
これ以上は、話すべき事ではないだろう。
話の流れで、思わぬ事まで話すところだった。
桂は腕を組み、先程まで銀時が座っていた縁台に腰掛けた。
しばし通りを眺める。
色町である吉原は、まだ昼日中にあるこの時間では通りを歩く人もまばらだ。
しかし、ひのやも面するこの大通りは、仕入れの商人や気の早い客、それを呼び込む女や、見回りの百華など、時間を問わずどこかにぎやかだった。
どこにでもある、ありふれた『普通』の街だった。
「お茶でもいかがでござるか、桂殿」
「うむ、もらおう」
剣心は茶を淹れに奥へ足を運んだ。
何か言いかけたときに微かに見せた桂の雰囲気が、剣心には何となく印象に残った。
13' 6. 26